四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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第23回瀬戸内倉敷ツーデーマーチ1

 2010年3月13日土曜日・14日日曜日の2日間で「瀬戸内倉敷ツーデーマーチ」という歩く会が催されました。今回が第23回目でした。私は、ごどもが小さい頃一度だけ参加したことがありました。確か10㎞だと思いますが、1日だけの参加で、最後にはこどもが歩かなくなっておんぶしてゴールにたどり着いた記憶があります。
 今回は夫婦だけの参加です。夫は例年40㎞を2日間参加していましたが、今回は事前の練習ができていないので20㎞を2日参加しました。私は5㎞を2日でも良かったのですが、出発までの待ち時間が2時間にもなるので、10㎞に変更しました。10㎞出発だと夫参加の20㎞がスタートしてから1時間後の出発となります。5㎞の出発ではもう1時間遅くなります。
 2デイ参加者数
 ちょっと、写真がまずかったです。参加者は1日目が4900名、2日目も4000名は超していました。「ツーデーマーチ」はいろんな県で行われていて、中国地方では岡山県真庭市、鳥取県倉吉市、島根県松江市・出雲市、山口県下関市・周南市、広島市などでも行われます。
酒津公園でチェック
 10㎞の初日は、酒津公園コースでした。倉敷市役所を10時に出発しお昼に酒津公園で休憩します。まず、確かに歩いて来たというチェックスタンプを押してもらいます。そして、御菓子を1つもらいました。その後、豚汁をいただきました。
豚汁
 寒い中を歩いて来たので、のども乾燥しお腹もすいていてとてもおいしかったです。里芋もとろけるようで最高でした。お弁当を頼んでここで引き替えて食べる方や持って来たお弁当を食べる方も多かったです。私は体が冷えない内に歩こうと思い、豚汁をいただいてからトイレを済ませるとすぐに歩き始めました。
時計台
 倉敷チボリ公園跡地の辺りで小雨が降り始めました。そして、倉敷駅裏の時計台がちょうど12時になり、しかけ人形が時計台から出てきました。チボリ公園は赤字でついに閉鎖されましたが、時計台だけは、取り壊されずにいました。跡地はほとんどが平地になっていました。倉敷市の公園になる辺りなのか、小さい屋根だけの建物が見えました。後にはアウトレットモールができることになっていますが、倉敷駅をはさんで南北の地域が調和のとれた発展をしてくれたらいいのにと思います。
倉敷美観地区
 倉敷美観地区を歩きました。有名な大原美術館もこの近くです。小雨のせいで傘をさしている人もいます。観光客の姿も多かったです。背中に白いゼッケンを着けている人達がツーデイマーチの参加者です。
 倉敷川には、船が出ていて観光客らしき人を乗せていました。そして、白鳥が1羽泳いでいました。
津山ホルモンうどん
 13時すぎには倉敷市役所へ到着しました。お腹がすいたので、最近岡山のB級グルメとして人気が出ている「津山ホルモンうどん」を食べました。あつあつの焼きうどんが、体を温めてくれました。また、無料で甘酒のサービスがありお代わりもさせてもらいました。たくさんのボランティアの方にお世話になり、無事に楽しく参加させてもらって有難かったです。道案内をしてくださったたくさんの方達、もてなしてくださった方達、運営に携わってくださった方達、ありがとうございました。

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百鬼園随筆

百鬼園随筆
 岡山県出身の内田百の「百鬼園随筆」をインターネットで取り寄せました。楽天ブックスだと540円の本を1冊買うだけでも送料無料で手に届くのでありがたいです。読んだら次を買えばよいので、ツン読にならないところがさらにいいです。
 百鬼園随筆という題の通り「鬼」という字を使って、普通の人間とは少しかけはなれたおかしいところを真面目に書いているところが笑えます。今までに会ったことがないような不思議な人物が書かれています。
 内田百は、岡山市の酒造家の一人息子として生まれたので、お坊ちゃまの所があるように思いました。夏目漱石の門下に入り、芥川龍之介や鈴木三重吉などと親交を結んでいたそうです。東京大学独文科を出て、陸軍士官学校や海軍機関学校、法政大学でドイツ語を教えていました。その後昭和9年に文筆生活に入りました。
 岡山市出身ということで、岡山県では内田百の生誕100年に当たる1990年から「内田百文学賞」を募集しています。以前は2年ごとで長編小説も募集していましたが、今年から岡山が舞台か、岡山にかかわる人物、自然などを題材にした短編小説と随筆が募集されます。400字詰め原稿用紙20~50枚で、応募資格は不問。前回は県内外から147点が寄せられたそうです。締め切りは5月31日消印有効です。審査員は、小川洋子、奥泉光、重松清氏の3人です。問い合わせは、岡山県郷土文化財団(086-233-2505)まで。
 この本のカバー装画は、芥川龍之介の「百先生邂逅百先生図」となっています。この作品は昭和8年10月3日、三笠書房より刊行されたようでこの本は新潮社から平成14年に発行されました。
 解説は、川上弘美氏が書いています。この中で特に心に残ったのは、内田百が芸術院会員に推薦されて決まろうとした時に辞退した話です。「貧乏な自分には60万円の年金は有難いが、自分の気持ちを大切にしたいので、どんな組織にでも入るのが嫌だから辞退する」
 内田百の本をこれから少しずつ読んでいきたいと思います。

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小判君神社

 用事があって久しぶりに岡山市奉還町へ行きました。奉還町は大政奉還の時、池田藩の武士が退職金(奉還金)をもらもいそれを元手に商売で生計を立てていくために、旧山陽道沿いに作った商店街だそうです。
 その奉還町には、テレビニュースでもやって知っていた「小判君神社」がありました。「小判君神社」のお参りの仕方は、1.お賽銭を入れます。2.おじぎを2回します。3.大きめの拍手を2回し、おじぎをもう1回します。神社だから、2礼2拍手1礼です。音を感知して電動おみくじが作動し、ランプが1ヶ所につきます。すると、吉凶がわかるという具合です。
 この神社は、岡山工業高校の生徒さんの手作りです。その特徴は、電動シニアカーに乗せているので移動ができること、柏手の音にセンサーが反応して、自動で扉が開くと小判君が見える珍しい仕組みであること、くぎを使わずに本格的な建築の神社の造りであることなどです。
小判君神社
 小判君が出てきました。ピカッと光って手を挙げて挨拶してくれています。家内安全、交通安全、健康長寿、金運など全てはお願いできませんでした。とりあえず、家内安全と健康をお願いしました。末永く、奉還町の守り神として活躍して欲しいものですね。
小判君
 

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鮒(ふな)飯

 スーパーの魚屋さんで鮒(ふな)のミンチを見つけました。小学生の頃に食べた味を思い出しました。鮒の肉を出刃包丁でトントンとたたき細かくしていくのです。小さな骨ごとたたきます。鮒(ふな)飯の香ばしい味を楽しみたくなって鮒(ふな)飯ミンチを買い求めました。最近、津和野へ行って「うずめ飯」を食べたので、丼飯に触発されたのかもしれません。うずめ飯はわさびが上に乗っているのが特徴でした。
鮒(ふな)ミンチ
 まず、鍋に油を敷いてからよく熱したら鮒(ふな)ミンチとしょうがのみじん切りを入れて炒めます。しょうゆ、酒、砂糖で下味をつけます。それから具材を炒めます。ごぼう、こんにゃく、しいたけ、人参、油揚げなどお好みでいいと思います。後は、だしと塩、しょうゆ、砂糖で味付けします。せりなどの季節の青物を上に散らすときれいです。私は、せりが無かったので代わりにカブの葉を小さく刻んで使いました。
 味の方は、珍しかったのでおいしかったです。時々小骨を歯や下に感じました。が、これもフナを食べているんだという気がして楽しめました。子どもの頃に食べたような感動はありませんでしたが、この時期の食べ物を味わったなあ、という思いがしました。
 鮒(ふな)ミンチを炒め初めは、魚臭かったですがよくよく炒め、またしょうがの効果もあってかほとんど気になりませんでした。
鮒(ふな)めし

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帝釈天

 岡山市西花尻にある帝釈天に参拝しました。山の中にあるので、地元の人しか訪れないのではと思います。昔一度行ったことがあり、立派な龍とこの急な階段は覚えていました。途中で一度小休憩をしてから上りました。階段の途中には「辻姫龍神」という墓石に似たものがありました。この神社のいわれに関係するものと思われます。
帝釈天1
 門の上には、わらで作った見事な龍が飾り付けてあります。左が雄で右が雌のようです。それなりに左は雄々しく、右は優しい感じに作られています。足の作りも細かくて驚きました。
帝釈天3
 拝殿の裏の東側に像がありました。最近塗られたのでしょうか色鮮やかで金色のバンツが光っておりました。ちょっと現代的すぎて、周りの風景や雰囲気になじんでないなあという思いが頭をよぎりました。しかし、神社も作りたての時期は真っ赤な朱塗りや極彩色の仁王様など絢爛豪華な物に囲まれていたと思われます。 
帝釈天4
 少し東へ歩いていくと、社がありました。屋根の瓦がとても変わっていました。左右の鬼瓦がある場所に、右にはうさぎ、左にはかえるの焼き物が飾られていました。うさぎも逆立ちをしたような形で躍動感のある物でした。鳥獣戯画を思い出しました。
 屋根の下の横木、正式には何と言うのか知りませんが、その端にも象の彫り物がしてあり、とても手の込んだ建物でした。小さな社ですが、心を込めて作られていると感じることができました。この近くには、立派なお墓もあり、位の高い僧侶の方?が埋葬されているようでした。
帝釈天6

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