四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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福山城

 8月25日、孫の夏休みも終わりそうになりました。福山の天満屋で催されている「おもしろ動物地球館」という自然科学教室を見に行った帰りに、福山駅のすぐ北側にある福山城にも寄って来ました。
福山城1
 お城と言えば、石垣がありますが、こうして写真に写してみても立派な石垣です。右の方の堀に石の細工でできた噴水がありました。公園の噴水は、繊細な物が多いですが、ここのは、ダイナミックな水の流れを表現してありました。5歳と3歳の孫が驚いて、この水たまりで泳げるのかと聞きました。暑い日でしたし、ここで泳げたら最高でしょうが、たくさんの子どもが泳いでは景観をさまたげたり、怪我をしたりしても困りますからダメでしょう。

 我々が上った登り口は、城の正面ではなかったです。東の方から上りました。ぐるぐる周りながら上ると銅像に出会いました。「水野勝成」初代福山藩主の像でした。孫が言うには「人の上に人を作らずの人に似ている」そうです。そう言えば、着物姿の人って、現代ではなかなか目にしないです。1万円札で見るくらいでしょうか。「この人は違うけど、よく知っているねえ」と、ほめておきました。
水野様
 水野勝成は、1619年徳川秀忠から郡山に替わってこの辺りの10万石をもらいました。海上交通を重視し、今までの中心部である神辺から福山へと藩庁を移しました。そして、福山城と城下町を築きました。
上水道網の整備をしたり、大船団の組織を作ったり、城下の振興をはかりました。
 また、「備後表(びんごだたみ)」と言われる最高級の畳表を生産、治水工事、新田開発にも力をそそぎました。宗教の保護にも力をいれました。
 岡山藩主池田光政が、「良将の中の良将」と水野勝成を評しているそうです。あの時代に88歳という長寿で亡くなっています。若い時には放浪をしたり、自分の意志を通した人のように見受けられます。
 福山城2
 福山城は、1622年に完成。近世城郭で最も新しい城だそうです。福山藩の藩庁、藩主の居城でした。平山城で、二重の堀や瀬戸内海へ抜ける運河もありました。
 1945年の福山空襲で天守を焼失し、現存するのは、伏見櫓と筋鉄御門だけです。1966年に天守、月見櫓、御湯殿を復興しました。天守内部は、福山市立福山城博物館として利用されています。最上部からは福山市内が360度一望できます。
 今回は、子ども連れだし時間がなかったので、中には入りませんでした。次の機会には、ぜひ福山市内を高い所から眺めてみたいものです。

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コメントコメント


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旅っていいよね

日本国中お城はあれど…この福山城は立派ですね~。
去年青森に行った時弘前城を見て来ましたが、
桜の時期がいいというけど
雪景色のお城も素晴らしかったです。

四葉ちゃんはいろんな事を良く調べてて凄いと思います。
あ~、秋晴れの中どっか行きたくなりました~。

ヒロコ | URL | 2009年09月06日(Sun)08:46 [EDIT]


ヒロちゃんへ

こちらにも、コメントありがとう。v-238
雪の時期のお城って見たことないような。
弘前城、すばらしいでしょうね。
あーあ、東北の旅もしたいでーーす。
秋の旅はよさそうですね。涼しくなって、空は澄んで最高です。v-43

四葉のクローバー | URL | 2009年09月08日(Tue)10:37 [EDIT]


 
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