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四葉のクローバー/晴れの国岡山から

ハワイ 三日目 オアフ島周遊

 ホテルの東出口で、偶然日本語で書かれたツアーのポスターを見つけた。中をのぞくとオプショナルツアーなどを紹介する会社だった。ラッキー!
オアフ島を一周するツアーに早い時期に行きたいと思っていたからだ。前日の午後5時までに申し込めばたいていOKらしい。

 朝、8時5分にホテルにリムジンが迎えに来た。3組9人が乗り込んだ。あと2人乗る予定らしかったが、待っても来ずに出発。ハワイで結婚式を挙げた家族4人と母子2人組みと我が家の3人という構成だった。運転手のおじいさん(60歳台後半に見えた)が日本語で説明してくれる。渋いアロハシャツを着ていた。現地スタッフのみなさんの着ているアロハシャツは案外地味な色合いと柄が多いようだ。

 一番にダイヤモンドヘッドの中腹あたりまで行った。トンネルがありそこからは歩いて登るようであった。ごつごつした岩肌が木々の間から見えた。町並みと海を見渡した。そして、あの辺りが1億円の家がずっとあるところです。という説明。日本の企業が野球場や発電所を作ってくれたと喜んでおられた。また、戦争やテロがあるととたんに旅行者が減り観光が主な産業のハワイは、大きな影響を受けると。

 魚がゆうゆうと泳いでいるのが見えるハナウマ湾。大波が来ると潮を吹き上げるブロー・ホール。横綱「曙」の店は、お母さんが昨年亡くなられて閉めておられるとかで残念だった。車の中で店の前にある曙のマワシ姿の銅像を見た。食事は、珍しかったのは茹で野菜があったこと。それに豆の入ったカレー様のものがおいしかった。パイナップルは新鮮で甘かった。ここでは、馬を飼っていて金色の毛の馬を見つけたので写真に撮った。

 チャイナマンズ・ハットやサンセット・ビーチの自然の造詣を楽しんだ。青い空、白い雲そして青い海と白い波、じっとそこにたたずんでいたいけれど、次にいかなくては。ドール・プランテーション(パイナップル)でパイナップル・ソフトクリームを食べる。1個を3人で食べて満足した。どこから集まったのだろうと思うくらい人が多かった。白人の人もたくさんいた。

 パール・ハーバーに戻りアリゾナ史料館を見学。1941年12月7日山本五十六海軍大将により奇襲攻撃が行なわれた。午前8時6分頃、戦艦アリゾナが大爆発した。米兵死者2390名、日本兵死者64名。米国海軍は歴史上最大の敗北を受けたそうだ。しかし、戦争は長引き小国日本は負けた。そして、今もイラクで泥沼化した戦争が続いていることは悲しいことだ。宗教の違いや国家間の損得勘定で、武力を行使され泣くのは民である。小さな幸せを求めているだけの、民を泣かさないで欲しい。

 最後に、日本人観光客だけが訪れるという、日立の「この木なんの木」を見にモアナルアガーデンへ行った。巨木がたくさんあったが、形がきれいなのはこの木であった。長いさや(中に豆がある)がたくさんぶらさがっていた。ハイビスカスの白い花もきれいだった。ハワイでは、鮮やかなきれいな花がよく目についた。

 最後の最後にパンフレットになかった、サモア人のショーがあった。ココナッツミルク絞りや歌と踊りで笑いの渦となった。サモア人はハッピーピープルといわれるらしい。笑いでオアフ島一周の旅は終わりとなった。黄色のハイビスカスの着いた葉っぱの冠をもらい、記念に持って帰った。独身者はお花を頭の右へ、既婚者は左側へ着ける習慣だそうだ。

 

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