徳島県脇町の町指定文化財の吉田家住宅を見学した。
1792年創業の藍商で、屋号を「佐直」と言った。藍商は藍染めの原料を販売し、幕末から明治にかけて繁盛した。吉野川流域は藍草の一大生産地として発展し、中流域以西の集散地として脇町が中心となった。「佐直」は、脇町で一二を争う豪商であったという。

上の写真が、吉田家の全体像だ。一番奥に見えるのが主家で、右に見える細長い蔵が、質蔵、中蔵だ。手前の真ん中がはなれ、その左が藍の寝床だ。一番手前には、船着場がありかつての吉野川につながっていた。今ではもう少し南側を吉野川が流れている。

主家の一階から南の庭を見たところ。欄間に鶴のような模様が涼しげであった。外は夏の暑い日差しが照りつけていたが、中は風が通って暑さを忘れさせてくれた。

一階の中庭、外の天気がよくわかる。雨の日はどんな風になるのかな。雪の日はどうかな。

中庭から上を見上げたところ。おじいさんが座って写真を撮られていたので、私も便乗してパチリ。なかなか良いアングルだったと思う。建物が連なっている様子がわかる。

二階から南側を望む。鳥の透かし彫り?が気に入ったので、パチリ。右奥の方に吉野川がかすかに見えた。風の通るこの二階で本を読みながら、そのうちお昼寝なんていいんじゃあないでしょうか。
1792年創業の藍商で、屋号を「佐直」と言った。藍商は藍染めの原料を販売し、幕末から明治にかけて繁盛した。吉野川流域は藍草の一大生産地として発展し、中流域以西の集散地として脇町が中心となった。「佐直」は、脇町で一二を争う豪商であったという。

上の写真が、吉田家の全体像だ。一番奥に見えるのが主家で、右に見える細長い蔵が、質蔵、中蔵だ。手前の真ん中がはなれ、その左が藍の寝床だ。一番手前には、船着場がありかつての吉野川につながっていた。今ではもう少し南側を吉野川が流れている。

主家の一階から南の庭を見たところ。欄間に鶴のような模様が涼しげであった。外は夏の暑い日差しが照りつけていたが、中は風が通って暑さを忘れさせてくれた。

一階の中庭、外の天気がよくわかる。雨の日はどんな風になるのかな。雪の日はどうかな。

中庭から上を見上げたところ。おじいさんが座って写真を撮られていたので、私も便乗してパチリ。なかなか良いアングルだったと思う。建物が連なっている様子がわかる。

二階から南側を望む。鳥の透かし彫り?が気に入ったので、パチリ。右奥の方に吉野川がかすかに見えた。風の通るこの二階で本を読みながら、そのうちお昼寝なんていいんじゃあないでしょうか。


