四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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閑谷学校

 閑谷学校は、岡山県の東部にある備前市にあり、国道2号線から北へ約4キロの距離にあります。秋は、講堂の東、孔子の聖廟前に植えられた楷の木の紅葉が見事です。そのために、夜のライトアップと特別な行事が催されました。今年は終了したので、来年の参考にしてください。

 2008年の閑谷学校のライトアップ行事
2008.11.8(土)~11.16(日) 18.00~20.00 大人400円、65歳以上・小・中学生150円
ステージ公演と物産販売
ソプラノ独唱、備前陣太鼓、オカリナ演奏、ギター・マンドリン演奏、尺八・箏・三弦の演奏、
日舞・民踊、銭太鼓・傘踊り、詩吟・剣舞、新舞踊、けん玉など多種多様な公演がありました。

 閑谷2
 左の建物が講堂です。学問をする場所です。
右の木が楷の木で重なって写っていますが、2本あります。樹齢約90年で雌木が2本だそうです。どういうわけか知りませんが、左側が赤く、右側が黄色く紅葉するのです。その対比が美しく、また山々の緑を背景にして紅葉が映えるのです。

 閑谷学校の歴史を少し紹介します。
閑谷学校は、江戸時代に岡山藩が庶民のこどもの教育のために作った学校です。国指定の特別史跡で講堂は国宝、その他の建物は国の重要文化財です。
 1666年、岡山藩主池田光政が和気郡木谷村を訪れ学校の設置を決めたそうです。
1668年、和気郡手習所が木谷村延原におかれました。(領内123カ所の郡中手習所の1つとして)
池田光政は、閑静で学習に好適な木谷村に大規模な学校の設立を計画しました。
1670年、学校奉行・津田永忠に学校建設を命じ、地名を閑谷と改称しました。
1675年、郡中手習所は廃止され閑谷に統合されました。
1701年、工事完了(聖廟、芳烈祠、講堂など)は、実に着工から32年、岡山藩主池田光政の死後20年となっています。
 生徒は、庶民のこどもを主とし、家中武士の子、他領の者も含まれていました。約60人前後でした。
 学風は朱子学で、教授では、有吉和介が最も長くつとめました。
 収入は学田、学校林を持ち、学田を作人に預け作ってもらいその収入で学校財政をまかなったそうです。
1870年(明治3年)、廃藩置県を前にして、藩校・岡山学校に合併され、閑谷学校は閉校されました。
 こうしてみると、約200年の間、優秀なこども達を集めて学問を授けていたのですね。
池田光政公は、人材の大切さを重視していた名君だったのでしょうね。

 「教育県岡山」と呼ばれていた時期もありましたが、今では残念ながら陰が薄い状態です。
ここらで、挽回したいところですが、一朝一夕にいくものではありませんから、池田光政公に見習って計画を立てて、信念で実行するしかないと思います。
(信念という言葉からほど遠い私が言うのもおかしいですけど、エヘヘ)
 

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グロー・コールマン

 岡山市産が、全国生産量の9割を占める、温室ブドウ「グロー・コールマン」の品質を競う共進会が2008年11月13日、岡山市役所の1階で開かれたそうです。
 グロー・コールマンは、11月から1月上旬に市場に出回り、黒紫色で粒ぞろいのブドウがおいしそうです。2房入った1キログラムの箱が約2500円くらいで売られるそうで会場では、市価の3割安い1700円での即売も行われたそうです。
 「甘くておいしかった」と、試食した人のコメントです。
 最優秀賞には、岡山市福谷の伊丹保正さんのグロー・コールマンが選ばれました。

 こんな新聞記事を読んでいたので、食べたことのない「グロー・コールマン」とは、どんな味か気になっていたところ、グッド・タイミングでご近所の方にいただきました。
マングロー・コール
 まず、第一印象は、あっさりとしてみずみずしい味でした。そして、皮が薄いので、むかないでそのまま食べるとよいと思いました。マスカット・オブ・アレキサンドリアも通の人は、皮も食べます。
 そして、このグロー・コールマンにも種がありました。なので、種だけ出して食べてくださいね。
冬にもブドウが食べられる幸せをかみしめました。

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松茸・まつたけ

 岡山県は松茸の出荷量の多い県と聞いています。
 近年は赤松が松喰い虫にやられて立ち枯れています。夏には山の緑に、その立ち枯れた松が赤茶色で筋の模様となるほどです。何とも悲しい風景です。
 山の木、スギやヒノの商品価値が無くなったため(輸入品の方がずいぶん安い)、山での仕事で生計が成り立たなくなり、山の仕事を捨てて町へ働きに行くようになったからでしょうか。
 山の木の下枝落とし下草刈りなどをすれば、太陽光が松の根元まで届き、邪魔な菌の繁殖を抑え、松茸菌の繁殖に良い条件となるそうです。
 今年は初秋に雨が多かったせいか、珍しく松茸にお目にかかりました。下のマツタケは11月上旬に収穫したものです。
松茸
 大きい方は丈が20センチもありました。小さい方は傘を虫がかじっています。山に住む虫たちもおいしいものはよく知っていますね。
 焼き松茸と松茸のお吸い物にして食べました。松茸の香りとシコシコ感を味わいました。松茸独特の香りが部屋中に広がりました。また、松茸を入れておいたポリ袋までが強く香っていて驚きました。
2008年、山からの贈り物、ごちそうさまでした。
 

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秋のラズベリー

 秋のラズベリーの収穫の時期がやってきました。
春にも赤い実をたくさん実らせてくれましたが、晩秋になってまた大粒の実がなっています。
ラズベリー
 春と違って、実のなりようが房のように近づいてできるのが不思議です。春から秋までに期間が短くて木の生長が間に合わないからでしょうか。今年はこの木の下に菊の花を植えていたので、肥料やら水やらをせっせとやったために、ラズベリーの実が例年になく立派な大粒になりました。やはり、植物に肥料は大事ですね。
 この時期花も少ないのに、ラズベリーの赤い実が緑の葉っぱの中でひときわ目立っています。緑と赤のクリスマスカラーが、寒さのしのびよる庭の隅で12月の到来を告げているようです。
 収穫量は春に比べるとぐんと少ないですが、一粒ずつ丁寧につまみ取ります。あまり力を入れすぎると柔らかい果肉がつぶれるし、その辺りの力かげんにもコツがあります。一粒取ると、中の心は木の方につきます。果肉の方は、帽子のように中が空洞になります。
 一粒が1.5センチぐらいの大きさですが、3から4ミリの小さな粒が集まってできています。そして、その3から4ミリの小さな粒の中に小さな種が入っているので、一粒食べてもツブツブツブっという食感になります。だから、ツブツブ感が嫌な人は、ラズベリーが嫌いかもしれませんね。
 私は、ツブツブOKなので、もっぱら手作りヨーグルトに入れて食べています。
晩秋に元気をくれるラズベリーに感謝です。

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政令指定都市・岡山市をめざして

  2009年4月に政令指定都市へ移行すべく岡山市の準備が進んでいます。
政令指定都市って何だろう。市民の生活はどう変わるのだろうか。

 まず、準備として岡山市を4つか5つの区にわけることから始まりました。市民の意見なども参考にして、最終的には4つの区に決まりました。北区、中区、東区、南区と誰にも分かりやすい名前が付けられました。その土地の特徴を表すような区名も候補になりましたが、最後には他の地域から来られた人にも分かりやすい名前となりました。

 全国に、現在17の政令指定都市があり、岡山市は18番目となるようです。
政令指定都市になると、岡山県から財源や事務が移譲され、都道府県並みの権限を持つことができるそうです。
 児童相談所の設置、精神保健福祉センター、身体・知的障害者更生相談所を市単独で設置することになり、市が保健福祉のほとんどの事務を行うことになります。
 道路行政では、岡山県が管理していた国道と県道を岡山市が一元的に整備・管理することになります。
 教育行政では、岡山県で採用されて岡山市に配属されている市立小・中学校の教職員は、岡山市が採用・研修を行うようになります。
 その他には、宝くじの発売ができるとか、NPO法人の認証を行うとかできるようになるようです。他にもいろいろ県から移譲される事務があるようです。
 
 政令指定都市の指定には、人口、都市の規模・機能、行財政能力などが審査されます。
岡山市の人口は、702,140人(2008年9月1日現在)、面積(K㎡)は、789,91です。
岡山市は「水と緑が魅せる心豊かな庭園都市」「中四国をつなぐ総合福祉の拠点都市」をめざしてがんばっていきます。市民の一人として、まずは政令指定都市を理解することから始めたいと思いました。

 全国の政令指定都市
昭和31年に大阪市、名古屋市、京都市、横浜市、神戸市
昭和38年に北九州市
昭和47年に札幌市、川崎市、福岡市
昭和55年に広島市
平成元年に仙台市
平成4年に千葉市
平成15年にさいたま市
平成17年に静岡市
平成18年に堺市
平成19年に新潟市、浜松市

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