四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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ゴーヤ2008

 今年はゴーヤの苗を1本買って植えました。
昨年は、種から撒いて育てましたが、うまく育てられませんでした。今年はがんばって育てました。
去年は支柱もしっかりとしなかったため、風が吹いた時に軸や葉っぱが痛んでしまいました。今年は考えて、といの近くへ植えて、つるが伸びたらといへビニールひもでしばるという計画の下に植えました。
ゴーヤ
 見事になっているでしょう。こんなにうまくいくとは思っていなかったです。肥料はハイポネックス、虫にはオルトラン粒剤をどちらとも少し使いました。
 ゴーヤは早めに収穫するので、売っているほど太く青くないうちに食べます。
お肉、シーチキン、たまご、野菜、きのこなど日々いろんなものと組み合わせて味噌いためでいただいています。夏ばて防止に役立ってくれると思っています。

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夏祭り

 地域の夏祭りが7月26日土曜日の午後3時から盛大に行われました。孫が来ていたので、久しぶりに行ってみることにしました。
 中学校のグランドに行くと、さっそくうちわをいただきました。
郷土の偉人「犬養毅(犬養木堂)」さんの顔写真入りと名言「話せばわかる」という言葉が印刷されています。
犬養毅
 1855年、この地区に生まれた犬養毅さんは、 1931年12月に第29代の総理大臣となられ、軍部に対して一刻も早く戦争を止めるように主張された。が、 1932年(昭和7年)5月15日、凶弾にたおれ77歳で逝去された。もう御年だったので政治から身を引いておられたが、総理大臣になるにふさわしい人がおらず、頼まれて日本国のためにと不穏な時期にもかかわらず総理大臣の座につかれたのだった。
 今の政治家に見習ってほしい、清廉潔白な方でありました。

 夏祭りは、いろんな出店が出ていて、お面(仮面ライダーらしい)を買ったり、かき氷を食べたり、盆踊りを見たり、くじ引きを少し見たりと楽しみました。太鼓の音、踊る人の輪、揺れるちょうちん、焼きそばの香りなどなど、4歳の孫は何を覚えていてくれるのだろうか。やっぱりお面かなあ。

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クマゼミ

 朝から家の外ではクマゼミが「シャンシャン」と大声で鳴いています。庭に出た時にクマゼミが転んでいるのを見つけました。死んでいました。生きているのを採るのは難しいので、これは貴重品だと思い、写真に撮りました。そして、4歳の孫にもぜひ見せてやりたいと思い、早速ラップでくるんで、孫が来るまで保管しておきました。
クマゼミ
  大阪の長居公園では、2007年10万匹のクマゼミが元気よく鳴いていたようです。そして、大群のクマゼミが鳴くと電車が近くを通っているほどの騒音ともなるようです。大阪では、1980年頃からアブラゼミに代わってクマゼミが増えたそうです。

 都市部では、ヒートアイランド現象で暑く、乾燥した空気がとりまいています。セミは、地中で5、6年過ごし、外に出たらわずかな日数で一生を終えます。アブラゼミは、幼虫の時に乾燥に弱いので、ヒートアイランドでは生きていけないのです。クマゼミは、カラカラの土地でも大丈夫だそうです。
 大阪や東京では、過去50年間に年平均気温が、1.5度も上昇したそうです。そして、東京もアブラゼミからクマゼミへの交代が始まっていると言われています。

 私がこどもの頃には、ニイニイゼミが一番多かったように思います。次にアブラゼミ、クマゼミはめったに見ませんでした。透けた羽が優雅で採りたいけれど採れないという憧れのセミだったのですが、今ではクマゼミが一番多くなってしまいました。他のセミ達はどこに行ったのでしょうか。

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あわじ花さじき

 バスで「あわじ花さじき」へ行きました。バスは山の中のかなり細い道をくねくねと登りました。淡路島の北端に近い場所のようでした。(淡路IC出口の交差点を直進し、県道157号線沿いに南へ約12分で約7キロメートル)
 「あわじ花さじき」は兵庫県が花の島にふさわしい花の名所として平成10年4月から作られています。
あわじ花さじき2

 淡路島の北部丘陵地域の頂上部、標高298~235mで海に向かってなだらかに広がる高原でした。
バーベナ、サルビア、ケイトウなど多種の花々が彩りを競い合っていました。
あわじ花さじき1

 展望台にある木製のテラスデッキからは、360度見渡せるようです。展望台から真正面を見ると「HANASAJIKI」と赤い花で描かれた花壇がよく見え、多くの人がその景色を写真に収めていました。
あわじ花さじき3

 休憩所では、淡路島特産のビワを入れて作った「ビワソフトクリーム」があり、暑いので1ついただきました。ビワの味がほどよくて、とてもおいしかったです。直売所では、近くの農家の方が作られたトマト、キューリなどもおいてありました。淡路島の特産物(加工品)もありました。
 一年中花が見られるようで、花々と海を見つめていればストレス解消になりそうです。

 「あわじ花さじき」の開園時間は9時~17時まで、休園日は年末年始(天候により休園することもある)、入園料は無料です。駐車場は無料で乗用車200台、バス18台駐車可能。
「あわじ花さじき」住所は、〒656-2301 兵庫県淡路市楠本2865-4 TEL(0799)-74-6426
 

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鳴門の渦(渦の道)

 鳴門公園で、お昼ごはん(鳴門御膳)を食べてから、大鳴門橋遊歩道「渦の道」を歩いて橋から下の渦潮を見ました。
 「渦の道」は大鳴門橋の自動車道の橋げたに作られていて、海面からの高さは45メートル、距離は450メートルありました。高所恐怖症の私は、「昔、観潮船で渦潮をみたことがあるから、少し行ったら帰ってこようか」と、思いながらもがんばって一番先の辺りまで歩いて行きました。

 ところが、道の真ん中に渦を見るようにと、ところどころにガラス板がはめ込んであるのです。
これが怖い。なるべく遠くのまっすぐ前をみるようにして、へっぴり腰で歩いていきました。渦1

 
 怖くてそばに近寄れなくて、迫力にかける写真になりました。
春と秋の大潮の時が、一番みごたえのある渦ができると聞いたことがあります。

 帰り道、鳴門公園への道筋にヤマモモの実がたくさんなっていました。赤い実をとって3粒ほど食べました。つぶつぶの食感があってすっぱくてほんのり甘みがありました。
「もっと赤黒くないとうまくない」と、知らないおじさんが教えてくれました。その方の連れも食べていました。今では珍しい果実です。(写真は撮りませんでした)

 渦5

 フェンスに渦の模様があります。橋の向こう側がいよいよ淡路島です。
淡路島には、風力発電のための羽のついた塔のようなものが数基見えました。

 鳴門の渦潮
狭い海峡と海底の地形が潮の干満にともなう海水の流れと合わさって渦潮ができる。

 世界の三大潮流
鳴門海峡、メッシーナ海峡(イタリア半島とシシリー島の間)、セイモア海峡(北アメリカ西岸とバンクーバー島東岸)


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吉田家住宅(徳島県脇町)

 徳島県脇町の町指定文化財の吉田家住宅を見学した。
1792年創業の藍商で、屋号を「佐直」と言った。藍商は藍染めの原料を販売し、幕末から明治にかけて繁盛した。吉野川流域は藍草の一大生産地として発展し、中流域以西の集散地として脇町が中心となった。「佐直」は、脇町で一二を争う豪商であったという。
吉田5

 上の写真が、吉田家の全体像だ。一番奥に見えるのが主家で、右に見える細長い蔵が、質蔵、中蔵だ。手前の真ん中がはなれ、その左が藍の寝床だ。一番手前には、船着場がありかつての吉野川につながっていた。今ではもう少し南側を吉野川が流れている。
吉田1

 主家の一階から南の庭を見たところ。欄間に鶴のような模様が涼しげであった。外は夏の暑い日差しが照りつけていたが、中は風が通って暑さを忘れさせてくれた。
吉田2

一階の中庭、外の天気がよくわかる。雨の日はどんな風になるのかな。雪の日はどうかな。
吉田3

 中庭から上を見上げたところ。おじいさんが座って写真を撮られていたので、私も便乗してパチリ。なかなか良いアングルだったと思う。建物が連なっている様子がわかる。
吉田6

 二階から南側を望む。鳥の透かし彫り?が気に入ったので、パチリ。右奥の方に吉野川がかすかに見えた。風の通るこの二階で本を読みながら、そのうちお昼寝なんていいんじゃあないでしょうか。

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うだつの町(徳島県脇町)

 うだつ(卯建)のまち、徳島県脇町(わきまち)を訪れた。
日本三大河川の吉野川沿いにある町で、吉野川の河口から約45キロほど上った箇所だ。
高松市内から車で約1時間20分、徳島市内から車で約40分、JR穴吹駅から車で約10分、脇町ICから車で約10分とパンフレットに書いてある。

 うだつは町屋が隣通しくっついて建っていた頃、火災の延焼をくいとめるために隣家との境に取り付けられたもの。うだつを作るのにお金がかかったから、店が繁盛しないことを「うだつがあがらない」と言ったようだ。

 うだつ1

 1階と2階の屋根の間に見える、白い漆喰で塗られた小さな家のようなものがうだつ。昔の町並みを保存してあるのが貴重だ。壁、障子、木戸などを見るとほっとする。昔懐かしい場所という感じだ。
 国選定のうだつのある町並みとして400メートルが、こんな雰囲気で続いている。

 脇町指定文化財のオデオン座(劇場)と吉田家住宅(藍商)を見学した。(両方で500円)
オデオン座(劇場)は、1934年(昭和9年)に芝居小屋として建てられた。歌舞伎、浪曲が催され、戦後は映画館となった。
 オデオン座1

 間口14.5メートル、奥行き27.3メートル二階建てで、花道、うずら座敷、太夫座などの設備か゜あった。直径6メートルの回り舞台があり、四国では愛媛県の内子座、香川県の金丸座が現存している。
映画の斜陽化、建物の老朽化で平成7年に閉館し、取り壊される予定が、「虹をつかむ男」の舞台になり価値が見直され修復されて一般公開されている。
オデオン座2

 私が育った町にも2つ映画館があったが、こんな雰囲気だった。
一つは取り壊され、もう一つは車屋さんに買い取られていたが、今はどうなっているのか。
昔の建物は、その当時の時代にタイムスリップさせてくれる大切な宝物だと思う。

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瀬戸大橋の与島

 7月4日、岡山から徳島周りの淡路島の日帰りバス旅行へ参加した。
瀬戸大橋を渡って、香川県から徳島県へと行くコースとなる。
瀬戸大橋は昭和63年4月10日に開通したから、今年が20周年となる。子供たちがまだ小さい頃、夏休みには香川県の詫間の美しい浜へ海水浴とキャンプによく行ったものだ。
瀬戸大橋1

 久々の瀬戸大橋ということで、良い写真を撮ろうと思ったが、バスの中では橋は取れない。
瀬戸大橋のちょうど真ん中辺りに位置する与島パーキングエリアでトイレ休憩となったので、ここが唯一のシャツターチャンスとなった。
 展望台に上ると私一人だった。快晴なら展望台へ行って島々を見てみようという気にもなるであろうが。

 うす曇という天気で、薄いガスがかかり島々の景色もぼんやりとしていた。梅雨時の真っ只中なので雨が降らないだけましという状態だ。
 橋は2段になっていて上を車が通り(瀬戸中央自動車道)、下はJR瀬戸大橋線が通っている。岡山県倉敷市児島と香川県坂出市を結んでいる。

 瀬戸大橋は本州と四国を結ぶ最初の架け橋となった。世界最大級の橋梁が車と電車を支えてくれている。島をつなぐ6橋をまとめて瀬戸大橋と呼び、吊橋、斜張橋、トラス橋がある。
 その後、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ、西瀬戸自動車道兵庫県神戸市と徳島県鳴門市を結ぶ、神戸淡路鳴門自動車道ができて、3本のルートから四国へ渡ることができるようになった。

瀬戸大橋2

 右奥にかすんで見えるのが、香川県の坂出市だ。
橋のデザインも美しい。構造的に強く、安全が一番だが、そこもクリアしているのだから、すばらしいと思う。 
 
 

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