四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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犬養毅(犬養木堂)

岡山県岡山市(現在では)生まれの犬養毅(犬養木堂)は、昭和6年1931年)12月、76歳の時、第29代の総理大臣となったが、 翌年5月15日、首相官邸において政府の方針に不満を持った青年海軍将校の凶弾に倒れた。これがあの有名な5・15事件(五・一五事件)だ。
 最後に、青年海軍将校に向かって「話せばわかる」「問答無用」と言ったという言葉が有名だ。家族の話によると、玄関にいた警備人を破って5人の将校達が突然家に押入って来た。銃撃音が響き、近くに居た警備人が軍人が来たからすぐに逃げるように言うが、その場に孫や嫁や妻もいたようで、その家族を守るために「待て、撃つのはいつでも撃てる。話を聞こう」「話せばわかる」というような状況であったようだ。
 憲法を守り、選挙によって国民に選ばれた代表者による、話し合いの政治を目指した犬養毅。戦争のない世界で、他の国とともに栄える日本を作ろうとした犬養毅。
  犬養毅(木堂)の死後、日本は政党政治に終わりを告げ軍部によって第二次世界大戦へと導かれて行くこととなった。

  犬養毅(犬養木堂)の略歴

◎安政2年4月20日(1855年)6月4日備中、賀陽郡庭瀬村(岡山市川入)に庄屋、犬飼源左衛門の次男として生まれた。学問が好きで字が上手で、11歳の時から漢学を学ぶ。
◎1875年夏東京へ出て英語を学ぶ。1877年郵便報知社から西南戦争の取材を頼まれ最前線から記事を送る。記事が評価され犬養毅の名が全国で有名になる。
◎1881年統計院に入り大隈重信の下で働いたが、政変で2ヶ月で退職。
◎1882年東京府議会議員当選。(大隈重信の立憲改進党に参加した)
◎1890年第1回衆議院議員当選。
◎1898年岡山県初の大臣、文部大臣となる。
◎1923年(大正12年)9月1日関東大震災、翌日9月2日犬養逓信大臣誕生し、郵便貯金の払い戻し手続きを簡単にしたり、切手の至急手配や震災復興に力を尽くしたが12月27日虎ノ門事件が起こり、山本内閣は総辞職した。
◎1924年二度目の逓信大臣に就いた。犬養毅の念願だった普通選挙法案可決された。同時に治安維持法も成立し、政治活動や社会運動が厳しく取り締まられ、軍部の力が強くなった。
◎1931年満州事変、国内でも重要な人が暗殺された。
 12月に第29代の総理大臣となった。犬養毅は軍部に対して一刻も早く戦争を止めるように主張。
◎1932年(昭和7年)5月15日、凶弾にたおれ77歳で逝去された。

 このように素晴らしい政治家が岡山県から出たことを誇りにするとともに、現在の政治の様子を犬養毅が見たとしたら何と言われるか。
 75年を経ても、人類は戦争を無くすことはできないし、その火はまさに燃え広がっているという情け無い状況である。国内では政治家とお金の問題で大臣の自殺や緑資源機構の理事自殺があり、政治の暗部が浮き彫りにされている現状である。

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竹久夢二

 竹久夢二の描く女性は、一様に首をかしげ大きな目をしている。その瞳は上目遣いの者が多く、夢見るような物思いに耽っているような表情をしている。 手足が大きく描かれ(ゴーギャンの影響を受けているという人もいる)すらっとした痩身の女性である。
 画風に影響を与えた要素はいろいろあるようだ。
 ①生い立ち
 竹久夢二は、1884年(明治17年)9月16日岡山県邑久郡(岡山市から東へ約20キロ)で次男として生まれた。家業は造り酒屋だったが、夢二が育った頃は酒の販売と農業の兼業であったそうだ。兄は夭折し、姉の松香は7歳だった。
 16歳で神戸中学に入学するも八ヶ月で退学。17歳で家業傾き両親と北九州市八幡区へ移住。18歳家出して上京、翌年早稲田実業学校に入学。その後専攻科へ進んだ。

 父の放蕩のために姉松香が離縁され、故郷を夜逃げ同然に去らなければならなかったようだ。優しい母や姉松香、7歳したの妹栄が、竹久夢二の性格形成に大きな影響を与えたと言われている。
 ②3人の女性
 ☆岸たまき
  竹久夢二は、中学時代から野球に興味をもっていた。早慶戦を絵葉書に描いて、新開店の絵はがき屋「つるや」へ売り込みに行った。そこに、岸たまきがいた。金沢から来ていた眼の大きな若き未亡人たまきが絵の中の美人のように座っていた。
 3ヶ月もしないうちに二人は結婚した。竹久夢二は理想のモデルと出会った。しかし、互いに我が強い二人は2年後には協議離婚した。が、別れた後も三度同居し明治45年にまた別居した。勝気なたまきの嫉妬心と竹久夢二の浮気心がすれ違ってしまった。
 大正5年に一家は離れ離れになった。長男は実家へ、次男は夢二と、三男はたまきと暮らすこととなった。
 あの有名な宵待草は、明治43年たまきと千葉県へ旅行中に知り合った、お島さん(賢かたという名で、お茶の水女子師範を出た文学少女)に失恋した時にできた。
 ☆笠井彦乃
 竹久夢二のファンで「港屋」へよく出入りしていたのが笠井彦乃で、日本橋の紙問屋の1人娘。夢二より12歳年下で理知的な美しさの彦乃に魅かれていった。夢二32歳。
 若い母親彦乃と次男と夢二の3人の生活は幸せであった。3年後には彦乃病に倒れる。その後実家へ連れ戻され大正9年25歳の若さで亡くなった。結核であった。
 ☆お葉
 絵のモデルとして出会った。秋田美人で、藤島武二の専属モデルであった。お葉は度々家出したり、男と心中をはかったりした。が、最後には若い医者の妻となった。
 
 夢二は51歳で結核で亡くなった。後には、夢見る夢二式美人絵がたくさん残された。
竹久夢二の絵入り手鏡

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布ぞうり

 最近、「布ぞうり」という言葉を新聞広告や雑誌記事の内容でも目にすることが多い。

 ☆スリッパに代わる新しい室内履き、素足に心地よく、床を傷つけず、静かで滑らない、洗濯できる布ぞうり。
 ☆編んで快適、夏じたく、タオルで作る布ぞうり
 ☆布テープ(市販品)をかぎ針で編んで作る布ぞうり
 ☆エコライフ、古い布(思い出の布)を生かして作る布ぞうり

 何だか「布ぞうり」の俳句みたいになった。

 昔のわらぞうりの作り方と同じだそうだ。手づくりなので、自分の足にぴったりのサイズができるし、色や柄や素材も工夫しだいでお気に入りができそうだ。

 手づくりキットも売られていて、1足1800円くらいするようだ。
ぞうりと鼻緒の色合いが、着物と帯の関係のように繊細な調和を表現している。
 しかし、布ぞうりというものは、素足に履く素朴なものがいいと思う。昔着たワンピース、捨てるには抵抗がある、そういうものをもう一度日の目を見せるというか、ぞんぶんに使って、後は感謝して心おきなく捨てる。そういうのが、いいなあ。ちょっと、今のところ作る気はないのだが、関心はあるのだ。何時の日か、作っているかもね。

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「食育」

 テレビニュースで言っていた。「食育」をしている人56%、「食育」をしていない人41%、「食育」をよく知らない人37%だと言う。
 私は、「食育」をよく知らない部類に入りそうだ。漠然とはわかる。たぶん、ファストフード、インスタント食品などの弊害について学び、季節の野菜を使った手料理を勧めるというものだと。そこで、調べてみることにした。
 農林水産省が、食に関する知識と食を選ぶ力を身に付けるために「食育」を推進している。
 ①食料消費の米が減少し、畜産物と油脂が増加していて、栄養バランスの崩れがみられる。昭和35年には、炭水化物が多すぎた。昭和55年は、たんぱく質、炭水化物、脂肪のバランスがちょうどとれていた。平成16年には脂肪とたんぱく質が多く、炭水化物が少なくなっていた。
 バランスのとれていた昭和55年は、米36.1%、畜産物12.0%、油脂12.5%であった。平成16年は、米23.4%、畜産物15.4%、油脂14.2%となっている。このまま進んでいくと大変なことになりそうだ。
 ②単独世帯の増加や女性の社会進出に伴って、外食や中食が増えている。食品産業も「食育」に大きく関わってきていることとなる。
 ③朝食の欠食。20代男女の朝食の欠食が一番多く、ついで30代。こどもの欠食も増加している。
 平成12年度 小学5年生15.6%、中学2年生19.9%だったらしい。
 理由は、時間が無い46.9%、食欲が無い33.7%
 欠食とは、1週間に2-3日食べない~ほとんど食べないが相当する。
 ④肥満。男性の30~60歳代で約3割が該当し、20年前の1.5倍に増加している。反対に20~30歳代の女性はやせの割合が増加している。
 ⑤15~29歳代の女性は特にカルシウムの摂取量が少ない。将来の骨粗しょう症が心配される。
 ⑥糖尿病の増加、長寿世界一の日本は、健康長寿をいかに延ばすかで、国民医療費の増加を抑えたいと思っている。
 ⑦食品の廃棄や食べ残しが資源の浪費、環境への負荷となっている。
 ⑧消費者の食の安心安全に対する関心は高いが、一方では食品選択や食事の準備に困らない知識、技術を持つ人男性約3割、女性約5割という。
「農林水産省のわが国の食生活の現状と食育の推進について」から抜粋

 さまざまな食に関する問題点が出てきた中で、実際にどうするか、何をするか、何をしていくか。
 「食生活指針」と「食事バランスガイド」というものを作って普及しているようだ。この「食事バランスガイド」というものは、今までにどこかで見たことがあった。

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口腔アレルギー

 最近、身近でりんごが食べられない、みかんが食べられない、果物の殆どが食べられない人を知っている。
 口腔アレルギーだそうで、特定の果物を食べると、口の周りや口の中、喉の奥がイガイガとかゆくなったり、腫れたりするそうだ。また、じんましん、吐き気、腹痛、下痢、気管支喘息の発作を起こすこともある。重症の場合はショック症状を起こすこともあり、油断がならない。 
 大人や年長児の場合は既に花粉症に罹っていたのちに口腔アレルギーが起こるらしい。年少児の場合は、同じ果物を多量に摂ることにより発症するらしい。 
 アレルギーを起こす物質が、花粉と果物の中に含まれているものと類似しているために起こるそうだ。
  甘い果物をたくさん食べると腸内細菌が乱れ、アレルギーを悪化させるそうだ。また、腸内細菌が乱れている人ほど果物や野菜に過敏症を起こすことが多いそうだ。
 野菜が嫌いだとか、調理が面倒だとかで食べてないから、果物でビタミンを摂ろうと多量に果物を食べ、ジュースを飲んでいると、果物のアレルギーを起こしてしまうそうだ。そして、農薬の少ない国産の果物を、季節ごとに少量、味わいながら食べる方がよいようだ。ビタミン類は農薬の少ない野菜を充分に加熱調理し、野菜の味噌汁やスープを摂ると良いそうだ。
 果物は熱を加えるとアレルギーが起こりにくく、離乳食で果物を使う時は、生よりは煮る方が良いそうだ。
 
 シラカバ、オオヤシャブシ、コナラの花粉症の人は、
   バラ科のリンゴ、モモ、サクランボ、アーモンド、ナシ、イチゴ
   セリ科のセロリ、ニンジン
   キウィ、ヘーゼルナッツ、バナナに気をつけた方がよさそう。

 ブタクサの花粉症の人は、
   ウリ科のメロン、スイカ、やバナナ

 ヨモギの花粉症の人は、
   セリ科のニンジン、セロリ、やピーナッッやリンゴやパセリ

 カモガヤの花粉症の人は、
   小麦、ライ麦、トウモロコシ、やジャガイモ

 スギ、ヒノキの花粉症の人は、
   トマトに気をつけて欲しい

 花粉症の人は、自分のアレルギーの原因物質を知り、果物や野菜のアレルギーとの関連を知り、症状を見ながら上手に避けることも大切であると思う。
 

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岡山市財政立て直しを模索中

 2007年5月14日、NHKスペシャルで「あなたの町は大丈夫?市民1人借金100万円、どうなる住民サービス、財政ピンチ」で、なんと、なんと、岡山市がとりあげられたのだった。
 全くの寝耳に水とは言わないけれど、大変な驚き、ショックを受けたのは私だけではないはず。
 高谷茂男市長を岡山市民が選挙で選んだ時、財政ピンチを救ってくれる救世主?という期待を持っていたはず。という事は、財政ピンチは既に叫ばれていたのだった。
 ところが、喉もとすぎれば熱さ忘れるで、問題は少しも解決していないのに、市民は行政側に丸投げで関心を示さなかった。
 行政側も、もっと事あるごとに財政危機を市民へ訴え知らせる努力をすべきだと思う。この番組を見て切実にそう思った。
 岡山市の現在の借金は7000億円という。1992年には、3000億円だったものが、インフラ整備の借金が増えたらしい。
 高谷市長は、行革担当者を新たに任命し昨年から、住民サービスの総点検を始めた。全国の1/5の市町村が財政の危険水域にあるという。
 岡山市の2100の市民サービス事業の見直しをする。昨年は約3割の見直しを行なった。廃止事業89、民間委託2で5億円の削減見込みで、これは市の予算の1%だと言う。
 高谷岡山市長は、3年は新規採用の凍結、行革として一律5%の削減を実施している。

 借金を膨らませた主なものとしては、
①道路ーーー土地区画整備事業として 毎年30億円
②公共施設ーーー岡山ドーム75億円、岡山ふれあいセンター256億円?、岡山コンベンションセンター96億円
③下水道ーーー2500億円

 道路は広い方が良いし、公共施設も堂々と立派な物が良いし、どの家も下水道が来ているに越したことはない。が、続けることにより岡山市が破綻しては、元も子もない。
 ここまできたのだから、岡山市民が一致団結、心を合わせて、岡山市の財政が少しでも早く立ち直るように協力しなくては事は進まない。
 市民1人1人が、市長になったつもりで、どうしたらよいか考えないと、自分の利益になる事業だけは止めないで欲しいというのでは、岡山市は救えない。
 岡山市の市議会議員の方々も、岡山市全体のことを考えて行動してもらいたい。自分の選挙区の利益を守ることばかり考えていたのでは、行革は進まないことを自覚して欲しい。

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国民年金は有利だ

 国民年金はとりあえず払っているけれど、どれだけ有利なのかよく知らない人も多いと思う。私もその口であったのだが。
 厚生労働省・社会保険庁の作った平成18年度版のバンフレツトが手元にある。

そこに書いてある国民年金の有利なところ

 1.老後をずっと支える終身の年金

 2.不測の事態に備える保険としての年金
  加入者が事故や病気で障害が残った場合は「障害基礎年金」が支給される。
  死亡した時は、遺族に「遺族基礎年金」が支給される。

 3.納めた保険料分は「社会保険料控除」として、全額控除され、税金が安くなる。
  税金軽減額(税率10%の場合)  16.520円(確定申告で戻る額)

 4.生涯の年金額は保険料(支払額)の1.7倍以上

  老齢基礎年金は1/3が国庫負担(税金)でまかなわれることにより、払った保険料(掛け金)を上回る給付を受けられる。
  20歳(1985年生) 保険料1200万円→年金額2100万円(1.7倍)
  50歳(1955年生) 保険料600万円→年金額1400万円(2.3倍)
  保険料と年金のスライドを考慮して計算したものだそうだ。

 5.国民年金は経済の変動にも負けない

  老齢基礎年金額 600000円(昭和61年度)→792100円(平成18年度)
賃金や物価の変動に合わせて、年金を支える力と給付のバランスを  とる仕組みにより年金額が改定される。

 大学生の人は、まだ働いていないけれど2.の不測の事態にも備えられるので、ぜひに入っておくようにと、私も30年前に勧められたことが ある。

 ☆老齢基礎年金
792100円(満額)/年
20歳から60歳まで40年間の全期間保険料を納めた人は、65歳から支給

 ☆障害基礎年金 
990100円(1級)
792100円(2級)
子の人数によつて加算(1人につき:227900円、3人目以降:75900円)

 ☆遺族基礎年金
1020000円(妻)
これは、基本額792100円+子1人の加算額227900円である。
加入者が亡くなった時、生計を維持されていた「子のある妻」又は「子」に支給される。

 これらの数字は、平成18年度(2006年度)のものだ。

 社会保険庁は、ずさんな保険料の管理や、保険料の納付率を上げるための一方的な保険料の免除の問題、パソコン入力時のミスにより保険料の支払いの記録が無くなっていたことなど、問題が多く加入者の信頼をなかなか得ることが難しい。

 けれど、国民年金は、正しく高齢になったわが身に降りかかってくることで、信頼できにくいから加入しませんでは、将来の高齢生活に不安がつきまとう。若い人にも、将来への貯金と明日からの保険ということで、保険料はきちんと、自分や家族のために支払って欲しい。

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琉球月見草(リュウキュウツキミソウ)

琉球月見草

 今年も琉球月見草(桃色昼咲き月見草)が花盛りとなった。
 「琉球月見草」って名前だよと教えてもらい、一鉢いただいた。もう、十年にもなるかもしれない。淡い桃色と中心にある花粉の黄色が鮮やかである。花はたくさん咲き、次々と楽しませてくれる。上品な色合いと優しい雰囲気を持っている。
 種が飛んでよく増えるので、友人、知人に「琉球月見草よ」と言って配った。手入れ入らず、世話いらずのところも私にぴったりだった。
 琉球月見草(桃色昼咲き月見草)は、アカバナ科マツヨイグサ属の耐寒性多年草で北アメリカ原産らしい。

 マツヨイグサ(待宵草)と言えば、岡山県生まれの竹久夢二に言及しなければならない。
 「宵待草」は、竹久夢二が大正7年に楽譜を発売し、大流行となった。
 待てど暮らせど来ぬ人を
 宵待ち草のやるせなさ
 今宵は月も出ぬそうな

 ここに出る宵待ち草(マツヨイグサのこと)は、夜に花を咲かせる種類で、よく痩せ地の道端で見かける。花は小さめで黄色をしていて、しぼむと橙色に変わる。一株にこのどちらの色もあり、茎が30センチあまりある。宵闇にこのマツヨイグサが風に吹かれているのを見るのは、何とも風情のあるものです。まして、失恋をした人にとっては感傷を誘う花なのでしょうね。
 昼間にパッと咲いて華やかな琉球月見草(桃色昼咲き月見草)、宵闇にひっそりと道端に咲くマツヨイグサ(宵待ち草)、どちらも人生に彩りを与えてくれますね。 
写真の琉球月見草のまわりの黄色い小さな花の名前は、わかりません。

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「日本の歌百選」文化庁

 2007年1月14日、文化庁が世代を超えて歌い継ぎたい歌として、国民から募集した中から「日本の歌百選」の選考結果を発表した。
 選ばれたのは101曲。「日本の歌百選」は、少年犯罪の報道を見る度に世代間の断絶や人間関係の希薄化などの風潮を心配していた河合隼雄・同庁長官が発案。冊子にまとめ、学校現場などで活用してもらうことにしている。(読売新聞)

日本の歌百選  (五十音順)

仰げば尊し   赤い靴   赤とんぼ   朝はどこから   あの町この町   あめふり   雨降りお月さん   あめふりくまのこ
  いい日旅立ち   いつでも夢を   犬のおまわりさん   上を向いて歩こう   海   うれしいひなまつり   江戸子守歌   おうま   大きな栗の木の下で   大きな古時計   おかあさん   お正月   おはなしゆびさん   朧月夜   思い出のアルバム   おもちゃのチャチャチャ   かあさんの歌   風   肩たたき   かもめの水兵さん   からたちの花   川の流れのように   汽車   汽車ポッポ   今日の日はさようなら   靴が鳴る   こいのぼり   高校三年生   荒城の月   秋桜   この道   こんにちは赤ちゃん   さくら貝の歌   さくらさくら   サッちゃん   里の秋   幸せなら手をたたこう   叱られて   四季の歌   時代   しゃぼん玉   ずいずいずっころばし   スキー   背くらべ   世界に一つだけの花   ぞうさん   早春賦   たきび   ちいさい秋みつけた   茶摘み   チューリップ   月の砂漠   翼をください   手のひらを太陽に   通りゃんせ   どこかで春が   ドレミの歌   どんぐりころころ   とんぼのめがね   ないしょ話   涙そうそう   夏の思い出   夏は来ぬ   七つの子   花(滝廉太郎)   花(喜納昌吉)   花の街   埴生の宿   浜千鳥   浜辺の歌   春が来た   春の小川   ふじの山   冬景色   冬の星座   故郷   蛍の光   牧場の朝   見上げてごらん夜の星を   みかんの花咲く丘   虫のこえ   むすんでひらいて   村祭   めだかの学校   もみじ   椰子の実   夕日   夕やけこやけ   雪   揺り篭のうた   旅愁   リンゴの唄   われは海の子

 折にふれて、日本の風景や情景を盛り込んだ歌詞を味わいながら、歌いたいと思う。孫にも、その季節に合ったものをグッドタイミングで歌ってやりたいと思う。歌のことを意識していないと、チャンスはあっという間に逃してしまいそうだ。上手に歌はなくても、楽しい雰囲気で歌えば子供も楽しんでくれることだろう。   

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教育再生会議の提言、見送り

 政府の教育再生会議(野依良治座長)は、11日、子育てに関する保護者向けの緊急提言の取りまとめを見送った。
 教育再生には家庭の教育力向上が不可欠だという観点から提言をめざしたが、家庭の内部に踏み込むような内容に批判が集まった。
 ただ、同会議では、家庭教育の必要性は変わらないとして、検討していた提言の一部を第2次報告に盛り込む考えだ。(読売新聞政治部 橋本潤也、白石洋一)

 それで、検討されていた提言の主な内容は以下の通り

・若い時から子育てを自分のこととして考える
・早寝・早起き・朝ごはんを習慣化する
・保護者は子守歌を歌い、赤ちゃんの瞳を見ながら、おっぱいをあげる
・母乳が出なくても抱きしめる
・授乳、食事時はテレビをつけない
・乳幼児期には本の読み聞かせを行なう
・小学生時代は今日の出来事を一緒に話す
・PTAに父親も参加する
・あいさつの励行
・「ありがとう」「もったいない」などの言葉を大切にする

 この内容では、小学生高学年か中学生の家庭科の子育ての学習のような錯覚を覚える。確かに現実は、ちゃんとした子育てができていない人が多いかもしれない。が、政府の教育再生会議の提言としては、お寒いとしか言いようが無い。
 これまでにも、親に対しては高校時代の家庭科、妊娠中には保健師の産前産後の指導とかなされてきたはず。それでも足りないなら、そこら辺りを強化する方法はないのか。母乳で育てられるような勤務体制であるのか。地域で子育てできるようなしくみ作りは進んでいるのか。
 国が姑が言うような細かいことを言っても、親たちは聞く耳を持たず反発するのみと思う。
 かくして、第1次報告は仕切り直しとなったようだ。

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公的年金はいくら?

 団塊の世代が、今年満60歳を迎え会社を退職される。退職するとお給料がもらえなくなり、年金暮らしとなる。再就職したとしても、給料は新卒さんと同じくらいもらえればよいほうだ。
 頼りにしている年金は、はてさていくらもらえるのか?

厚生労働省のモデル年金・月額

会社員世帯
夫 基礎年金6.6万円+厚生年金10.1万円=16.7万円
妻 基礎年金6.6万円
合計     23.3万円

自営業世帯
夫 基礎年金6.6万円
妻 基礎年金6.6万円
合計     13.2万円

 会社員世帯の方は、妻がずっと専業主婦の場合。基礎年金6.6万円は40年加入した場合の満額。厚生年金は加入期間と賃金により異なってくる。
 厚生省の試算だと、男性の平均的賃金(税込み年収約560万円と想定)で40年働いた人の場合、現行は月約10万1000円。

 50歳以上になると社会保険事務所に問い合わせると見込み額を試算してもらえる。
 2008年度からは60歳未満の加入者に受給見込み額などを毎年通知する「ねんきん定期便」を実施する。
             読売新聞 「年金Q&A」より掲載

 いただける年金が多いのか少ないのか。多いと言われる人はほとんど無いと思われる。私も試算してもらったら、思ったより少なかった。
 共済年金、国民年金、厚生年金と3つを渡り歩いている。国民年金基金にも入って、将来に備えている。
 老齢基礎年金は、繰り下げ支給や繰上げ支給ができる。
通常は65歳からで792100円/年となる。
   60歳からだと554500円/年となり、
   70歳からだと約1120000/年となる。(124%)
77歳が分岐点となるそうだ。長生きをする自信がある方は、繰上げ支給もよいかもしれないが、こればっかりは神様に聞くしかないかも。
 医療制度も年金支給額も、年毎に変わっていくと思われる。消費税も、いつ10%になるかもしれないし。少子化も高齢化も世界1?の日本に住んでいるのだもの覚悟が必要でしょうね。
 

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焼肉パーティー

 5月3日、知人宅の庭での恒例の焼肉パーティーに参加した。主催者のTさんは、画家をめざしてフランスへ渡り絵の修行をした。が、絵の才能がいまひとつと自覚し、コック修行をしてヨーロッパを転々と渡り歩いたという、つわもの。
焼肉パーティー風景

 Tさんの手作りのイノブタの香草蒸し、手作りピザ(イタリアから取り寄せたチーズを使って)をごちそうになった。
 クローバーが茂っている畑には山羊が2ひき。雄と雌が1ぴきづつ。敷地内には、にわとり小屋があり烏骨鳥や青い卵を産む鳥(アローカナ)を飼っている。ピザや焼肉をする釜のある屋根付きのログハウス?風建物。
高床式の本格的なログハウスは、6畳くらいの部屋が一つある。そして、山羊さんの家も立派な木造ハウスだ。これらの4つの建物は全部Tさんの手づくりというから驚いた。
鳥小屋の様子

 7家族くらいが集まっているけれど、特に紹介しあうでもなく、ただ一緒に焼肉を自然体で楽しむ会のよう。毎年同じ顔ぶれなので、だんだんと家族構成とか、あの人とこの人は仕事が同じとか判ってくる。
 初めのうちは、なんだか物足りないと思ったこともあったけれど、ただの焼肉パーティーだもの、このゆったりとした時を楽しみ、食事を楽しみ、一年後の再会を楽しめばいいのだと納得した。
 Tさんは、ヨーロッパでいろんなパーティーに呼ばれ、日本へ帰ったら自分も絶対パーティーをすると思われ実践されている。
 焼肉と言いながらも、歳からして魚介類の人気も高くなって、いろんな食材を持ち寄り焼いて楽しんでいる。
焼いているところ

 山羊は杭に繋がれているが食欲旺盛で、杭から山羊の頭までが半径の円のクローバーが見事に食べられて緑色から黄緑色へ変化していた。四葉のクローバーはないだろうかと探したけれど、おいそれとは見つからなかった。突然変異で生まれるのだろうから、見つからなくて良かったのかもと思う。自然であるのが一番だよと。
雄山羊

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アレルギー治療に手がかり

 理化学研究所が、花粉症やリウマチなどのアレルギー疾患につながる炎症反応の暴走に対し、体内の特殊なたんぱく質が"ブレーキ"の役割を担うことを突き止めた。30日付けのアメリカ科学誌「ネイチャー・イムノロジー」電子版に掲載された。(2007.5.1.読売新聞)
 花粉症は今や国民病と言ってよいほど。花粉症と診断された人21パーセント、自覚症状からそう思う人19パーセントで合計40パーセントにもなるらしい。
 石原東京都知事が、ご自身も花粉症になって辛さを体験されたからかどうか定かではないが、杉伐採に27億円を投入という記事が2005年11月頃にあった。
 国の方針では、花粉の極少ない品種の苗木を今増やしている最中だそうだ。
 花粉症は、鼻水、くしゃみ、涙、頭痛、頭重と様々な症状が出て集中力を欠き、本人はとても辛い。私もひどかったが、最近は落ち着いている。年取ったせいかな。関節が痛いとか、他にアレルギーが移ったのかと思っている。
 こんな困ったアレルギー疾患の治療に手がかりができたとは、ありがたいことだ。
 「PDLIM2」というたんぱく質が、免疫暴走のブレーキ役になってくれるそうだ。薬剤などでこのたんぱく質を活性化する方法がわかれば、アレルギー疾患の新しい治療法につながる可能性がある。

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「総合科医」を創設

 2007年4月30日、読売新聞の第一面の見出しにこう載っていた。
  初期診療に「総合科医」 厚労省創設検討専門医に振り分け
 専門分野に偏らない総合的な診療能力のある医師を増やすために、「総合科医」を新たな診療科として創設する方針を決めた。
 ①能力のある医師を国が「総合科医」として認定
 ②初期診療は総合科医が行い、必要に応じて専門の診療科へ紹介
 ③医療の効率化を図り、勤務医の労働環境の改善にもつなげる
 総合科医は、厚労省の審議会の資格審査や研修を受け、許可を受けて初めて名乗れる。
 今まで、頭痛、吐き気などがあった時に、さて何科を受診したらいいのかと悩むことが多かった。内科、脳外科、耳鼻科といろいろ想像される。内科でも消化器科、循環器科、内分泌科と幅広い。更年期障害かもしれないし。こんな判断を今までは患者がしていた。素人判断はなかなか的を射ることができず、あっちこっちの診療科を右往左往していた。
 無駄な医療費と無駄な診療時間や検査が費やされていた。医療現場から、なぜ早急に改革の声が上がらなかったのか、不思議なくらいだ。
 私は体調不良が続き、よく通院するほうだ。そして、辟易していた。3時間待ちの3分診療では、「病を見て人を診ず」という状況でも仕方ないと半分あきらめの境地であった。多くの患者がそう思っているに違いない。
 そして、「自分の専門分野では異常はありませんよ、後は知りませんけど」という態度なのである。
 今までの診療制度に多くの不満を抱えていた私は、この「総合科医」に大いに期待している。
 そして、少しずつ増えてきているらしい、内科、婦人科、精神科を総合的に診てくれるという「女性外来」が田舎の診療所まで早く開設されることを願っている。

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琵琶湖国定公園 八幡山

 水郷めぐりのすぐ近くに、琵琶湖国定公園八幡山がある。山麓から山頂まで八幡山ロープウェーがあり、定員25名、大人往復700円、約4分で行ける。山頂には八幡城跡と瑞龍寺がある。

八幡城は1585年(天正13年)豊臣秀次によって築城された。標高約272mの八幡山最頂部に本丸を作り、二の丸、西の丸、出丸が配置されている。現在は石垣のみ残っていた。
 本丸跡には瑞龍寺が建っている。この寺は、1596年(文禄5年)豊臣秀次の生母(秀吉の姉)日秀尼公により、秀次の菩提を弔うために京都の村雲に建てられた。1961年(昭和36年)に京都からこの八幡山に移築された日蓮宗のお寺だ。
 豊臣秀次は秀吉の姉の子で、八幡城を築き城下町を作り、近江八幡を商都として繁栄させることに貢献した。秀吉の養子となり関白の地位にまでなるが、淀殿の子秀頼が生まれたため、自害させられた。享年28歳。叔父豊臣秀吉に翻弄された悲しい人生だったようだ。

 山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町等が見渡せる。この写真は山頂から東側を見たものだ。西の湖と安土山と繖山(きぬがさやま)と近江八幡市街が見えた。本堂の庭には八重桜がみごとに咲いていた。
 ロープウェーを降りてすぐに日牟禮八幡宮がある。近江商人の信仰を集め、江戸初期海外貿易で活躍した西村太郎右衛門が寄進した「安南渡海船額」が納められている。
 また、白雲館というモダンな擬洋風建造物が人目を引く。明治10年に八幡東学校として建てられていたものを平成6年に解体修理、復元され、今は観光案内所やギャラリーとして利用されている。
 八幡掘は手漕ぎ船が優雅に進み、桜がはらはらと水面に舞い降りていた。東にはかわらミュージアムがあり、瓦の魅力を生かした建物が美しかった。  
 

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琵琶湖水郷めぐり


 4月20日(金)滋賀県近江八幡市にある水郷をめぐった。近江八幡市は琵琶湖の南東に位置している。今から400年前、雅な宮中の舟遊びをまねて豊臣秀次が始めたと言われている。また、織田信長が水郷めぐりを楽しんでいたという説もある。信長は自分の命を守るため、少年の頃から自らうつけ者を演じていたほどだから、川遊びなどは得意としたと思われる。
 ここは茨城県の潮来、福岡県の柳川と並ぶ日本三大水郷めぐりの一つだそうだ。この船は水郷めぐりの遊覧船で、屋根と窓があって船外機付きの16人乗りだった。料金は1人2100円で豪華お弁当を食べながら、優雅に山々を見つめ、川面の漣を見つめた。
 長命寺川をさかのぼって西の糊まで行く。全工程約12kmを1時間程度でゆっくり巡った。かいつぶりが3羽ほど波間に浮かんでいるのが見えた。小さめでかわいかった。

 長命寺川を上って行くと「西の湖」に出る。昔はこの東に安土内湖、伊庭内湖があったが、全て干拓されて現在はない。この為一番西にあった「西の湖」が残った。水深は約1.5mとのことだ。
 淡水真珠の養殖も行なわれていて、たくさんの杭が水面に立っている場所もあった。残念ながら売店でも真珠は見なかった。
 湖岸には広大なヨシ原(葭原、よしはら)が残っていてヨシズ等に加工されるそうだ。この葦(ヨシ)は機械で刈り取って加工にまわされる。後に残ったくずの葦や雑草は害虫とともに焼き払われて毎年きれいな葭原(よしはら)となるそうだ。
 この写真のように西の湖の東には、北から安土山(199m)と繖山(きぬがさやま、観音寺山、433m)が見えた。

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