四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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ハワイ 五日目 ヒロハッティ&アラモアナCへ

 五日目、午前中はヒロハッティへ行っておみやげを買う予定で出発。ワイキキ・ビーチにあるデューク・カハナモク像の前からヒロハッティ行きの無料バスが出ているとのことで待つ。像の前で写真を撮っていると、日本人のグループが、写真を撮ってくれと言ってくる。

 若い人たちで、男女ともにいる。大学生のグループのように見えた。島国日本から出て、異なる文化に触れることで、お互いを認め合うことを学び、日本の良い所、悪い所も鮮明に見えてくることがある。アルバイトをしてお金を貯めて、若いうちから安全に気をつけて旅を楽しんで欲しい。

 ガイド本に載っているのとは違う模様のバスが来た。花もようの中にヒロハッティと書いてあるから、これだと思って乗った。途中何箇所も止まるが、その度に運転手が「ヒロハッティ」と、大きな声で外に向かって知らせていた。

 チャイナタウンなど珍しい通りを通って着いた。おみやげ専門店という感じで、たくさんの観光客らしき人が来ていた。お店に入る前に貝のネックレスを首にかけてくれる。それをもらうと、まんざら手ぶらでは出にくいので、どうしてもここで買うことになる。マカダミアナッツ入りチョコレートを買った。レジでおまけにもう1箱つけてくれた。クーポン券を持っていなかったけれど、ちゃんと1箱つけてくれた。ラッキー得した気分でさらに良かった。

 帰りもヒロハッティーーバスに乗って、アラモアナ・センターへ行くことに。1階で昼食(ハンバーガー)をとった。いろんな人種の人が様々なものを食べている。日本人らしき人も多い。現地の日本の人は、年中日に焼けているせいか、少々顔色が黒いようだ。

 2階3階はブランド品や高級ブティックが200軒以上も入っているそうだ。関心がない私たちは、そうそうに引き上げた。

 アラモアナ・センターからの帰りは、JCBカードを見せれば無料というトロリーバスに乗った。このトロリーバスは、かなりなスピードで街中を走る。五日目となるとだいぶこの町にもなじんできた感じ。日本ではあまり風を感じないが、この島の風はきついので、外では「風」が気になった。

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ハワイ 四日目 ホノルルフェスティバル

 幸運にも、第13回ホノルル・フェスティバルに出会った。3月9日から3月11日までの3日間行なわれ、今年のテーマは「パシフィック・ルネッサンスー太平洋の新しいきずなー」だそうだ。11日にはカラカウア通りを練り歩くグランドパレードでは、工夫をこらした山車・みこし・フラダンスが見られる。

 風邪で寝ていると午後4時30分ごろから大きな音がし始める。バルコニーから下を見ると、祭りのそろいのゆかたを着た人達が、列を作って歩いている。オープンカーに乗った女の人が3台ほど見えた。音楽に合わせて踊っている組もあった。

 主に日本とハワイの交流を深めるための大きなイベントだ。ハワイ島の最古のの町ヒロは、日本の広島県出身者が多く住んでいたらしい。昔サトウキビ産業が盛んであった頃の話だ。先人達は、火山でできたこの島に来て大変なご苦労をされたことと思う。

 その後には、祖国とアメリカとの戦争にまき込まれて、戦争を知らない世代には想像もできないほどの目に会われたと思う。そういう歴史を考えながらホノルル・フェスティバルを見ると、先人のご苦労の上に今の平和がある。と、感謝する気持ちになる。

 イラクへ派兵されているハワイのアメリカ兵の方も早く帰られて、ハワイの自然を満喫できたらいいのにと思う。

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ハワイ 四日目 ワイキキビーチで泳ぐ

 残念ながら、泳いだのは夫と次女だけ。白砂のビーチを歩き太平洋といってもハワイの海に浸かってみたかった。(今思えばの話)
海水温度は22~24℃と安定しているので、年中泳げるのが、最高。

 3月はホエール・ウオッチングが最盛期らしい。マウイ島のラハイナからはジャンプするくじらの姿が見えるらしい。マウイ島・ラハイナといえば、クリスチャン・ラッセンの「ラッセン・ギャラリー」へぜひ立ち寄りたいものだ。今回はオアフ島のみの観光だったけど、もしもまた行くことがあれば、ぜひとも訪れたい。

 美しい海とダイナミックなくじらを見て育ったラッセンのくじらの親子の絵は、人間の親子のように愛情深く見える。いや、今は人間の方が劣っているのかもしれない。反対にくじらやイルカに教えてもらわないとダメな時期に来ているのかも。

 テレビを見ていたら、ワイキキですごい女の人を見た。と、言っていた。乳首だけを隠したような水着。で、日本人はびっくりしたのでしょうね。夫にきれいな女の人がいたか聞くのを忘れていた。

 日本でも田舎に住んでいると、めつたに外国人に出会わない。ここでは、エレベターでも出会う。白人の人が声をかけてくれても、英語が通じず自分達に話しかけてくれていることさえわからない人もいた。エレベーターでもお年寄りから先に降りるように自分達は待つとか、日本人は細かい配慮に欠けると思った。日ごろ我先にとことを進めている態度がどうしても出るのでしょう。

 エコノミック・アニマルという言葉はすたれてうれしいけれど、まだまだヨーロッパやアメリカの紳士的態度に劣るのではと思う。一朝一夕にはできない、これこそ文化だと思う。

 海のことがえらい方向へずれてきた。10月から4月は大波シーズンなので、ノース・ショアなどで泳ぐと時は、危険なので注意が必要とのこと。マリン・スポーツは、サーフィン、カヤック、ボードセイリング、シュノーケリング、パラセイリング、ウェイクボード、シーウォーカー、トローリングなどがある。マリン派には、ハワイは最高の遊び場だ。しかし、私には縁が無い。

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ハワイ 四日目 ダイヤモンドヘッド登山

 四日目の今日は、夫と次女は午前中にダイヤモンドヘッドを登ってくると出発した。私の方は、実は一昨日の夜から風邪熱が39度ほど出て、あわてて日本から持ってきていた風邪薬を飲んでいた。マウイ島一周は予約していたし、気も張っていたので事もなく行ってこられた。

 しかし、昨夜も熱が38度台あったし、ここらで十分安静にしておかないとみんなに迷惑をかけてもいけないので、一日寝ておくことにした。薬を飲んでもだいたい1度ぐらいしか下がらない。むちゃに下げてもかえって体に悪いだろうけど。

 次女が風邪気味で咳こんでいたので、風邪薬は絶対に買って持っていこうと用意したけれど、まさか自分が使うとは思わなかった。1箱3日分飲んだら良くなった。

 ということで、ダイヤモンドヘッド登山は、聞いた話。思ったよりもたいへんなコースだったようです。なんと、2人はバスに乗らずにホテルからずっと歩いて行った。バスがいつくるのか、よくわからないから。

 登山口の下の休憩所の近くでかき氷を売っていたので、まず食べて登り、帰りにも喉が渇いてかき氷を食べたらしい。1箇所しかなく繁盛していたとのこと。登る人と降りる人がやっとすりちがえられるくらいの細い道が何箇所かあったとか。トンネルも2箇所、階段も3箇所あり、あとは山道と途中に展望台があり頂上には観察所があるそうだ。

 山登りに適した靴と飲み物を持って行くこと。午後6時に閉門するので注意。

 オアフ島は250万年から300万年前に起こった2つの火山の噴火によりできた。そして、ダイヤモンドヘッドは約30万年前に起こった1回の噴火でできた。凝灰岩によって火口丘ができている。1700年代に訪れたヨーロッパ人が噴火口の壁の岩石の中で光る方解石をダイヤモンドと見間違えたことから、「ダイヤモンドヘッド」と呼ばれるようになったそうだ。

 頂上からワイキキビーチを望むと最高の景色ですね。デジカメで撮ったのを見ながら、登った気になろうかな?

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ハワイ 三日目 オアフ島周遊

 ホテルの東出口で、偶然日本語で書かれたツアーのポスターを見つけた。中をのぞくとオプショナルツアーなどを紹介する会社だった。ラッキー!
オアフ島を一周するツアーに早い時期に行きたいと思っていたからだ。前日の午後5時までに申し込めばたいていOKらしい。

 朝、8時5分にホテルにリムジンが迎えに来た。3組9人が乗り込んだ。あと2人乗る予定らしかったが、待っても来ずに出発。ハワイで結婚式を挙げた家族4人と母子2人組みと我が家の3人という構成だった。運転手のおじいさん(60歳台後半に見えた)が日本語で説明してくれる。渋いアロハシャツを着ていた。現地スタッフのみなさんの着ているアロハシャツは案外地味な色合いと柄が多いようだ。

 一番にダイヤモンドヘッドの中腹あたりまで行った。トンネルがありそこからは歩いて登るようであった。ごつごつした岩肌が木々の間から見えた。町並みと海を見渡した。そして、あの辺りが1億円の家がずっとあるところです。という説明。日本の企業が野球場や発電所を作ってくれたと喜んでおられた。また、戦争やテロがあるととたんに旅行者が減り観光が主な産業のハワイは、大きな影響を受けると。

 魚がゆうゆうと泳いでいるのが見えるハナウマ湾。大波が来ると潮を吹き上げるブロー・ホール。横綱「曙」の店は、お母さんが昨年亡くなられて閉めておられるとかで残念だった。車の中で店の前にある曙のマワシ姿の銅像を見た。食事は、珍しかったのは茹で野菜があったこと。それに豆の入ったカレー様のものがおいしかった。パイナップルは新鮮で甘かった。ここでは、馬を飼っていて金色の毛の馬を見つけたので写真に撮った。

 チャイナマンズ・ハットやサンセット・ビーチの自然の造詣を楽しんだ。青い空、白い雲そして青い海と白い波、じっとそこにたたずんでいたいけれど、次にいかなくては。ドール・プランテーション(パイナップル)でパイナップル・ソフトクリームを食べる。1個を3人で食べて満足した。どこから集まったのだろうと思うくらい人が多かった。白人の人もたくさんいた。

 パール・ハーバーに戻りアリゾナ史料館を見学。1941年12月7日山本五十六海軍大将により奇襲攻撃が行なわれた。午前8時6分頃、戦艦アリゾナが大爆発した。米兵死者2390名、日本兵死者64名。米国海軍は歴史上最大の敗北を受けたそうだ。しかし、戦争は長引き小国日本は負けた。そして、今もイラクで泥沼化した戦争が続いていることは悲しいことだ。宗教の違いや国家間の損得勘定で、武力を行使され泣くのは民である。小さな幸せを求めているだけの、民を泣かさないで欲しい。

 最後に、日本人観光客だけが訪れるという、日立の「この木なんの木」を見にモアナルアガーデンへ行った。巨木がたくさんあったが、形がきれいなのはこの木であった。長いさや(中に豆がある)がたくさんぶらさがっていた。ハイビスカスの白い花もきれいだった。ハワイでは、鮮やかなきれいな花がよく目についた。

 最後の最後にパンフレットになかった、サモア人のショーがあった。ココナッツミルク絞りや歌と踊りで笑いの渦となった。サモア人はハッピーピープルといわれるらしい。笑いでオアフ島一周の旅は終わりとなった。黄色のハイビスカスの着いた葉っぱの冠をもらい、記念に持って帰った。独身者はお花を頭の右へ、既婚者は左側へ着ける習慣だそうだ。

 

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ハワイ 二日目 鉄板焼き 田中オブ東京

 無事結婚式が終わった事を祝して、9人全員で会食した。ホテルからほんのすぐのワイキキ・ショッピングプラザ4階にあった。大勢の人で受付はごったがえしていたが、ほとんどが予約客らしく、どんどんテーブルに着いていった。

 ポリネシア系の色の黒い大柄なシェフが担当してくれた。陽気な人柄が笑いを誘い、楽しい雰囲気をさらに盛り上げてくれた。ほたてやエビを焼いてはナイフで切って皿へ取り分けてくれる。包丁さばきがみごとでエビのしっぽはポーンと上に投げてシェフの帽子の真ん中のくぼみの中へ。拍手喝さい。

 結婚式だったこともあり、シャンパンのサービスもしてもらった。ビーフもやわらかくておいしかった。エビもビーフもたくさんの量であった。豪華な夕食に感謝してホテルへと帰った。

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ハワイ 二日目 ジッピーズ&ベイリーズアロハ

 2007.3.9日結婚式を終えてホテルへ帰ってきた。夜の会食までに時間があるので、近くを散策することにした。ハワイのガイド本で調べていたジッピーズで昼食をとり、ベイリーズ・アンティーク&アロハシャツへ寄って見ることに。

 シェラトン・プリンセス・カイウラニホテルから北東の道を500メートルほど歩くとアラワイ運河へ出た。地元の人が歩いたり、走ったり、ベンチでのんびりと休んでいたりした。川の中の石は溶岩らしく黒っぽい赤茶のような色だった。目をこらしてみると魚がいっぱい泳いでいた。
看板が出ていて「魚つり禁止」と書いてあった。

 すずめに良く似た鳥、日本のより一回り小さな鳩によく似た鳥もいた。パンくずをやっている人もいて、鳥たちは人に踏まれそうになっても悠長にしていた。東にはダイヤモンドヘッドの北側が見えた。運河のすぐ北はゴルフ場となっている。はるか北には山が見え、頂上あたりまで一軒家が続いて建っている。タクシーの運転手の話では、一軒が20億円するとか?ちょっと信じられない話ですが、まんざら嘘ではないでしょう。

 青い空に緑の木白い雲で、どこで写真を撮ってもOKという感じだ。運河沿いに東へ1キロ歩き、北へ1キロ弱歩くとベイリーズがあった。ぐるっと店を一巡する。あまり広くない店にアロハシャツがひしめいている。置けるスペースには全部置きましたというほどの数で、なかなかお気に入りを探すのが難しいかも。

 とりあえず、もっと北のジッピーズで食事をしてから、もう一度寄ることにした。何を注文するか迷う。サンプルが写真で掲げてあるので、よさそうなのを二つ注文し、サラダと飲み物を注文した。こちらが言う英語はわかりにくそう、あちらの言うこともこちらはわかりにくいし。
巻き舌でしゃべらないとダメなのかな、と思ったが?

 主にビーフとチキンとごはんとサラダだ。まだ珍しくて食べていた。地元の人と同じものを食べたことに満足した。帰りにベイリーズに立ち寄り古着のアロハを数枚買った。日差しは少々暑く感じた。風は強く弱くいつも吹いている感じがした。疲れたが良い思いでができた。

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ハワイ 二日目 結婚式

 さあ、今日は結婚式だ。お天気もいいし、良き一日となろう。
ホテルのロビーに集まる。リムジンが二台来て、カワイアハオ教会へと走る。車の中で、女性は花のレイをかける。男性は貝で作られたレイをかける。花のレイも種類があるので、アロハシャツやドレスに合う色合いのものをかける。

 カワイアハオ教会は、ハワイ王族の戴冠式や結婚式が行われたオアフ島で一番古い由緒ある教会だそうだ。神父さんのお話の後リハーサルをした。リハーサルの時は、しっかり写真を撮るように言われる。本番では撮れないから。お祝いの歌を女性がパイプオルガンの演奏で歌ってくださる時、あまりに清らかな歌声に涙で目がうるうるときた。日本人の観光客の若い女性達が、拍手で祝ってくれていた。

 本番は、静粛に厳かに行われた。神父さんの声が、教会に響く。誓いの言葉、指輪交換、誓いのキスと順調に進んで行く。パイプオルガンには2500本のパイプが使われているらしく、厳かな雰囲気をかもし出していた。外では、花びらふりかけてを祝福した。そして、今度は外の庭園で撮影会となった。専属の写真屋さんとビデオ撮りの人が二名おられた。結婚式は無事に終わった。

 

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ハワイ 一日目 (ポリネシアンディナーショウ)

 ホノルル空港には、顔の日焼けした体格の良い、日本人か日系の男性が待っていてくれた。空港の外で携帯電話を一人に一つずつ借りた。使った電話代のみ払えばよいとのこと。まいごになつた時とか、どうしても連絡をとりたいこともあるかも。

 小型バスに乗りホテル(SHERATON PRINCESS KAIULANI)へ到着。そこでは、ホテルの説明等をして細々と相談にのってくれる女性のコーディネーターがいた。この方も日本語ができるし、翌日の結婚式のだんどりも親切にしてくださった。いろんな打ち合わせで長時間になった。
 部屋に入れるのが、午後二時ということで、明日の結婚式に着るアロハを買いに行くことにした。まだ、右も左もわからないので、歩ける範囲の近くで探すことに。

 小さな店がひしめいていて、お客さんが集まっている場所に吸い込まれるように入ってみると、アロハシャツもたくさんの店で展示してある。ここぞと思う店に入って似合いそうなものを物色。派手なものにするか、地味なものにするかで迷う。しかし、ハワイの明るい太陽のもとでは派手なものが良いとの夫の意見で、そのようにした。
 夫は青に黄の花柄、私はピンクに白の花柄にした。

 昼は食事の当てが無いので、ABCストア(コンビニ)でスパムむすびやサラダ、ジュースなどを買ってホテルへ帰った。28階まで客室があるが、我々は20階の4室に別れての宿泊となった。バルコニーからの眺めは良かった。高層ホテルがたくさん林立している。残念ながら海やダイヤモンドヘッドは見られなかった。が部屋から見る必要はない。外に出ればすぐ海に行かれる。ベッドカバーがハワイアンキルトで、白に緑の葉っぱの模様が落ち着いた感じでよかった。

 夜はこのホテルの一階で行われるポリネシアン、ディナーショウにみんなで参加した。ポリネシアの人たちが船に乗ってタヒチ、ニュージーランド、ハワイへと渡った物語らしい。ポリネシアの迫力あるダンスや歌、炎やレーザーを使ったエキサイティングなショウであった。

 ディナーは、バイキング形式なので好きなものを取ってくる。ローストビーフと果物(すいか)とケーキ(ココナッツ)がおいしかった。すいかは日本のものほど甘くない。ケーキは甘いです。大勢の人たちで驚くとともに、半分以上が日本人のようだった。

 後で、ショウに出た人たちと写真を撮れて記念になってラッキーだった。

 

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ハワイ(常夏の島)へ韓国ソウル経由で行った

 2007年3月8日から3月14日までの1週間、ハワイへ旅行して来た。初めてのハワイだった。今もハワイを思い出しては、日本との違いを楽しんでいる。
 岡山空港から韓国ソウル経由でハワイのホノルルへ。KOREAN AIR LINES を利用した。岡山空港9時45分発ーーーソウル11時25分着(1時間40分)
ソウル20時00分発ーーーホノルル08時50分(7時間50分)ということで、ソウルを出発までに8時間あまりあるので、昼食付きのミニソウル観光を予約していた。
 漢南旅行のガイドさんが待っていてくれ、空港の外へ。チラチラと雪が降り始める。「冬のソナタ」を思い出すね、と言いながらも寒くて帽子やマフラーや手袋をみんな思い思いに装着している。
 大き目のワゴンカーに乗って、まずプルコギの昼食を食べにレストランへ。お腹がいっぱいになつたところで、ソウルタワーの近くにある民族村 Namsangol Hanok Village を見学した。
 それから、ロッテ免税店へ。これからハワイへ行く身にとっては、今から免税店はいらないという感じで、外の道沿いの店で「おでん」のようなものを売っているところへ行った。トッポギや揚げ物を食べてあったまった。韓国語ができないので、身振り手振りと英語を混ぜてのコミュニケーションでなんとか通じた。

 ソウル空港では、手荷物検査が厳しく行なわれる。飛行機に持ち込むパッグを女性の検査官が2人で開けて、化粧品や飲み物が無いかと尋ねる。「ないです」と、言ったものの化粧バッグを持って「これは何か」と尋ねて開ける。口紅が二本あった。一本は残り少々で、二本ともブランド物でもないので、気の毒に思ったのかしらないが、机の下からチャック付きのナイロン袋を出して入れてくれた。私は「サンキュウ」と笑顔で言った。
 飛行機の中の7時間50分はなかなかに辛い。夜、イスに座ったままは寝にくいものだ。エコノミー症候群にならないように、足全体をよく動かす。足裏をもむ。赤ちゃん連れのパパが、だっこして通路を行ったり来たりしている。常にゴーという音と揺れに、赤ちゃんも眠れなくて苦しいのだ。

 日付変更線を越えて朝の9時ごろホノルルに着いた。
 青い海、明るい日差し、白い波、緑の木々、ハワイに着いた。
 どこもかしこも、絵葉書のように美しい。
 飛行機で8時間移動するだけで、別世界にやって来た。
 夢か現か幻か! カルチャーショックというのか、しばし、脳がボーッ としていた。
 来れてよかった、ハワイ。着いたとたんに大感激したのだった。

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土佐文旦

 おみやげに土佐文旦をもらった。片手のひらにちょうど入る大きさ、直径10センチ位だ。きれいな黄色で、肌はしっとりと張り切っている。皮のすぐ中の白い綿が、実をしっかりと守っている。

 丸のままでも鼻を近づけると、文旦の香りが漂ってくる。香りは、柑橘類の甘さや味によっても違ってくる。レモンは、ごく酸っぱい香り。温州(うんしゅう)みかんは、甘くてやわらかい香り。文旦はさっぱりとした香りがする。このさっぱり感が、脳をリフレッシュさせてくれる。

 皮は少々厚いが、包丁で皮に切り目を入れて剥く。香りが一層パワフルになった。香りは、甘すぎもせず、さわやかで、さっぱりとしていてサイコー!!!

 果肉を食べてみる。適度の酸味と甘味がジューシーにせまってくる。おいしーっ。上品な味だ。元々、酸味が好きな私には最高だ。果肉の薄いレモン色から想像する味よりも、甘味はたっぷりだった。

 フルーツ王国、日本に生まれてよかった。色々な種類のみかんが食べられる。願わくば、農薬を殆ど使わずに安全なみかんを作って欲しいと思う。

 TVを見ていたら、Drコパさんが、話しておられた。
「金運アップには、真西にみかんを置いておくとよい。みかんの数は9個が最もよい」信じる人は、ためしてください。

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二枚爪

 時々、二枚爪になる。貧血なのか、血行が悪いのか。手先をよく使った時なるようだ。
 今回二枚爪になった所は、右手の中指だった。
 爪の下に薄くて、幅3-4ミリのちっさな爪が見える。

 家事をする度に指先が物に当たり、二枚爪の先が神経を押すのか
「イタッ」と、感じるのだ。
 何かする度に「痛いかも」と、心配が先に立つ。

 まずは、爪切りで短く切る。
 次に、お風呂で温まりやわらかくなったところで、毛抜きでゆっくりと引き抜く。あまりに痛い場合は中止して、翌日に挑戦する。

 今回は1回で小さな爪を抜き取った。後はウソのように押さえてもなんともない。「よかったー」やれやれと安堵した。 

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ふとん干し

 朝から青空が出て太陽がまぶしい日が続いている。
 そういえば、ずいぶんふとんを干していない。
 ふとんを干さなくっちゃあ。
 
 一昨日は、客用ふとんと毛布を干した。
 昨日は、娘のふとんと毛布とぬいぐるみを干した。
 今日は夫のを干そうと思っていたら、朝のうち曇っていたので中止。
 明日の天気に期待しよう。

 おひさまに干したふとんは、最高。フカフカであったかーい。
 誰でもしあわせを感じられる、一番手っ取り早い方法かな。(イヤー、 甘い物を食べた方が早いかも、しかし、後がコワーイ)

 ちなみに、干すのに一番良い時間は、朝10時から昼の2時までで、12時に裏返すこと。ふとんを取り込む前に、ふとん叩きでふとんの表面のほこりをさすって落とす。くれぐれも叩かないでください。ダニの死骸がふとんの中で砕けるそうです。
 取り込んでから、掃除機を縦や横方向に丁寧にかける。ダニの死骸やダニのふんを吸い取るために。干す時黒いビニール布をふとんの上に広げて干すとなお良いとのこと。ダニアレルギーの人は、実行されているかも。
 
 今の時期、ふとんに花粉が着いてしまうので、ご用心を。
 雨の日、風の強い日、曇りの日はだめだし、ふとんを安心して干せる日は、案外少ないのですね。

 

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粗食、少食は長寿につながる?

 聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生は、今年96歳になられますが、超人的にご活躍です。先生は10年前から食事は夜のみで、朝はコーヒー、ジュース、ミルク、オリーブ油を摂取され、昼はミルクとクッキー2個だけとか。

 医師、石原結貴先生の話では、病気にならないようにするには
①食べすぎない・・・食べすぎは免疫力の低下を招く
②低体温にならない・・・体温を1度上げると免疫力が5倍上がる
 上の2つに気をつけるといいらしい。

石原結實先生が2002年に出版された「石原式朝だけにんじんジュースダイエット」(海竜社)に載っているダイエット法は以下の通り。

朝食
ニンジン2本(約400g)→240cc
リンゴ1個(約250g)→200ccで合計440cc(コップ2.5杯)

ショウガ紅茶1~2杯
(紅茶に黒砂糖、またはハチミツと、すりおろしショウガを入れる)

昼食
そば(ワカメそば、トロロそばなど)七味とねぎを多めに入れる
または軽食

夕食
アルコールを含めて何でも可
(日中お腹がすいたり、のどが渇いた時は、ショウガ紅茶を適宜飲む)

石原結實先生の本
医者いらずの食べ物事典   PHP文庫   本体495円(税別)
血液サラサラで、病気が治る、キレイになれる   PHP文庫
プチ断食健康法   PHP文庫

 中国の山奥に100歳以上の元気な高齢者がたくさん住んでいる村では、おかゆと青菜の漬物の炒め物という食事が多いそうです。

 インドネシアの91歳の武道家の女性は、若い頃から食事は2日に1回程度でココナッツミルク入りの野菜スープと白米というメニューが多いそうです。

 以上4つの話を総合して考えてみると、やはり、バランスの良い粗食、少食は、胃腸に優しくて、健康長寿につながるのかと思われます。

 私は、まだまだ食べたいが先行して、何時になったら実行できるのか、悟れるのか、当分だめなようです。

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