四葉のクローバー/晴れの国岡山から

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北京4日間の旅

 6月上旬、北京4日間の旅へ行ってきました。岡山空港から大連経由の北京行きが出ているので、便利になりました。私たちが、2001年に上海旅行をした時には、北京や西安への旅行者が上海で乗り継いでいました。
 今回は、北京市内の5つの世界遺産を見るのが大きな目的でした。どこも想像以上に大きくて、国の大きさに合わせて建物も大きいのだなと驚きました。そして、歴史は全くの苦手でしたが、何となく中国の歴史を感じることができて良かったと思います。
万里の長城
 まず、一番に万里の長城です。中国と言えば、万里の長城の写真を思い浮かべるほどに有名です。周の時代に北方民族の侵入を防ぐために作られ、秦の始皇帝が長城をつなげ西へと延ばしました。しかし、元や清の時代には簡単に長城を乗り越えて侵入して来ました。
 万里の長城は、実際に行って見るとやはりその壮大さに感激しました。山の峰峰に築かれたレンガと土でできた壁、高さは約7.8m幅は約5.8mで馬5頭が並んで進める広さだそうです。男坂と女坂があり、もちろん男坂は急なのですが、がんばってこちらの方を登りました。滑りそうなほどの急坂には、鉄のてすりがあるので、持って登りました。石の階段も上る人の靴ですり減っているようでした。欧米系の人もちらほら登っていました。
 黄砂の時期ではなかったのですが、うっすらとかすんでいました。紫外線を気にしていましたが、これではそんなにに気にしなくてもよいようです。4月に万里の長城へ行った人から、6月だと良く見えるでしょうと聞いていましたが、4月はどの程度の霞だったのでしょうか。
明の十三陵
 世界遺産・明の十三陵は、今まで全く知りませんでした。明の時代の皇帝の陵墓が十三あります。その中でも立派な「定陵」という万歴帝の地下宮殿へと入りました。皇帝と2人の皇后の棺と副葬品の箱がありました。もちろん、レプリカですけれど。この写真は白玉の玉座で皇后の物です。皇帝の玉座には龍の彫り物が、皇后の物には鳳凰の彫り物がしてありました。
 たくさんの部屋と高いアーチ型の天井、大理石の石組みなど珍しい物が見られました。公開されている墓は、永楽帝と皇后が眠る長陵と、慶帝の昭陵とここの定陵の3つだけです。駐車場では近くの農家の人達が、さくらんぼ、桃、すいか、トマトなどを道路脇で売っていました。 
故宮
 故宮博物院は、紫禁城のことです。「ラストエンペラー」は、ここを舞台とした物語でした。私たちは、この故宮博物院の南側にある天安門広場へ行った後に、続いて故宮へと入りました。たくさんの門と建物がありました。どれも同じような建物の形なので、帰ってから写真を見ても、建物の名前が判別しにくかったです。
 政治の場が南側に、生活の場が北側にありました。とにかく広くて、一度さっと歩いたくらいでは理解できません。周りは安全を確保するために幅100mの河が流れていました。そして、故宮の北側には堀をほって出た土で作った人工の山がありました。そこから故宮を眺めると故宮全体がよく見渡せるようです。残念ながら今回は時間がなくこの山には行けませんでした。
頤和園・いわえん
 頤和園(いわえん)は、西太后が巨額を投じて再建しました。杭州の西湖を模して作った昆明湖の北側の山に立っているのが、8角3重の仏香閣です。湖岸沿いの長廊の梁には、風景画や西遊記、人物画などが鮮やかな色で描かれていました。また、窓の形も色々で、中から外の湖が窓の形に切り取られる面白さを楽しんだそうです。
 西太后が住んだ堂や光緒帝を幽閉したと言われる堂などがありました。湖には、ボートなども出てゆったりと楽しんでいる人もいました。
天壇公園
 ここは、天壇公園の中にある祈念殿です。皇帝が五穀豊穣を祈った場所です。天壇公園は故宮の3倍の敷地で、北京の市街地にあるので、市民の人達が体操に来たり、カラオケをしたり、碁をしたり、踊ったりと楽しんでいました。もちろん庶民が遊んでいるのは、この写真の場所よりもっと南側でした。私たちは見なかったのですが、この祈念殿の南の方には、回音壁や天心石という、不思議な音響を体験できる場所もあるようです。
 とにかく、一つ一つが世界遺産なので、スケールが大きくて、十分理解しようとすると2~3日かけてじっくりと見てまわらなければ無理でしょうね。歩け、歩けで、添乗員さんも3ヶ月で靴がダメになると言っていました。これから暑くなるとますます大変です。
 北京市内は、ずっと霞んでいました。ホテルから朝日を見たら、ボオッと力のない夕日のように見えました。黄砂ではなくスモッグということでした。オリンピックのために色々と開発工事がなされた影響でしょうか。日本は島国だから、空気が綺麗だと言われました。そう、日本は細長い国だから、スモッグの影響も受けにくいかもしれません。が、高度経済成長期には、工業地帯ごとに喘息患者さんが出たりしました。北京市もそういうことにならないように環境対策が早期になされるように望みます。
 中国は広いです。飛行機で簡単に格安で行けるようになりました。しかし、中国も通貨を上げる?とか言っているので、その前に行きたい場所へは早めに行った方がよさそうです。鳥インフルエンザとか、流行ったりしますから、皆さん、チャンスは待たず作りましょうね。

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錦帯橋

錦帯橋と岩国城
 これが、山口県の岩国市にある錦帯橋です。錦帯橋は、日本三名橋の一つで、他には東京の日本橋、長崎の眼鏡橋となっています。石の橋脚の上に木造のそり橋などが5つ架かっています。下を流れるのが錦川で、上流では鵜飼いも行われるようです。
 錦帯橋は、1673年に初代が完成し、276年の長き間しっかりと橋の役目を果たして来ました。1950年 9月、キジア台風での錦川の大増水でついに流失してしまい、1953年1月に市民の熱意により再建されました。2001年木部の傷みが全体的に目立つようになり、「平成の架け替え」が昔ながらの木組みの工法で行われ、2004年3月みごとに完成しました。
 手前のそり橋の真上の山のてっぺんに何か建物のような物が見えますが、それが、岩国城です。
岩国城
 岩国城へはロープウェイを使って山へ上がり、歩いて約5分で着きました。1962年、元の城の位置より南側で、麓から城がよく見える位置に岩国城が建てられました。日本100城の中に岩国城も選ばれています。
ロープーウェイ山上駅から下の風景
 ロープウェイの山上駅から眼下の町並みを見下ろしました。川に架かる中央の黒っぽい橋が、錦帯橋です。左手に見える橋は、錦城橋(きんじょうばし)です。霞んでいるはるか向こうは、瀬戸内海なのでしょうか。バスツアーの時間をやりくりして登っただけの価値がありました。
錦川と桜並木
 岩国城の麓には、錦川沿いに桜並木があり満開の状態で美しく、桜見物の車で道が渋滞していました。4月6日火曜日でしたが、最後の花見を楽しむ人達でにぎわっていました。暑い日でソフトクリームなども行列して買うほどでした。また、吉香公園の南側の広場では、猿回しが出て演技をしていました。
 ロープウェイの山麓駅の近くの「白蛇観覧所」も有名だそうで、赤目の白蛇を見学しました。アオダイショウの変種でおとなしく、金運などの御利益があるそうです。

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宮島・厳島神社

宮島
 広島県の宮島に初めて行きました。海の中に立つ神社として有名な厳島神社があります。船上から赤い鳥居がゆっくりと近づいて来て、桜もちらほらと見え、どんな神社なのか期待感でワクワクしました。フェリー乗り場・宮島桟橋から約10分あまりの船旅で着きました。
 この大鳥居は、奈良の大仏とほぼ同じ高さで16m、重量は約60tもあります。大きい柱は樹齢500~600年のクスノキで作られ、今の8代目の鳥居を建てる時は、巨木を探すために約20年の歳月を費やしたそうです。また、柱の根元は砂に埋められているのではなく、松材の杭を打って地盤を強くし、箱型の島木の中に石を詰めて鳥居の重みだけで立っているそうです。
厳島神社
 平清盛が1146年に厳島神社を造りました。海の中へ建てるという斬新な考えはどこからきたのでしょうか。
 今回は干潮に近かったようで本殿の下に海水は見られませんでした。この辺りで雅楽が奉納されるそうです。朱塗りの拝殿などの建物がたくさんあり、それぞれが回廊で繋がっていました。
 床が痛まないように、私たちが踏む板の下に本来の床があるそうです。そして、海水が上がってきても良いようにわずかな隙間も設けてありました。
緒方直人
 土産物屋のガイドさんの話を聞きながら見ていましたら、後ろの方がザワついてきました。「緒方直人さんが来ている」という声が聞こえ後ろを見ました。テレビ局のカメラなのかしきりに撮影していました。私もこちらの方からズームアップして、やっとこの1枚だけが、何とか緒方直人さんだと分かりそうです。積極的な人は、握手を求めたり一緒に携帯で撮影してもらったりしていました。
五重塔
 海水が建物の下まで来ていたら、もっと感じが違っていたと思います。五重塔と建物が美しい場所でした。他にも能楽堂などがあり、もうすぐ能が催されるので大工さんが場所の設定などされていました。歴史に疎いので立派な建物も説明できなくて残念です。
 また、干潮、満潮によってもその姿が変わるので、最低でも12時間以上はじっくりとたたずまないと良さはわからないと思いました。港の近くにいた鹿の目が丸くて黒くてかわいかったです。桜の時期にお天気にも恵まれ、よい思い出になりました。

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尾道千光寺

福山千光寺の鐘
 広島県尾道市にある千光寺(せんこうじ)の鐘と桜です。千光寺は高台にあり、眼下を見下ろすと瀬戸内海や向島(むかいしま)の家並み、山陽本線の列車がおもちゃのように見えます。この鐘は除夜の鐘でも鳴らされた有名な鐘だそうです。日頃は鳴らすことは禁止されています。何か事があった時に鳴らすそうです。千光寺は真言宗のお寺で弘法大師が祀られています。
ロープウェイ
 ロープウェイで、尾道の町から千光寺の展望台近くまで行くことができます。向こうに見える橋は、瀬戸内しまなみ海道(尾道今治ルート)の新尾道大橋です。千光寺は桜の名所で約1万本とも言われています。今年は桜が長持ちしてくれて、4月6日でも十分美しい状態で見られました。
作家、林芙美子
 尾道出身の作家、林芙美子の写真が千光寺の境内にありました。林芙美子の代表作「放浪記」は、尾道のことも書いてあります。林芙美子は北九州から子どもの頃親と一緒に尾道へ引っ越してきて、小学校と女学校時代は尾道で過ごしました。その後は、両親の仕事の関係であちこち点々と生活の拠点を移しました。その様子を19歳の頃から日記に書いて、それが「放浪記」の下地になりました。
 貧しかったけれど小学生の頃から文才があり、女学校へ行くように勧められたそうです。作家になってからも原稿は断ることなく書き続け、外国へも度々一人旅をし47歳という若さで亡くなりました。
 尾道には志賀直哉や中村憲吉などの旧居宅が残っていました。尾道は坂道が多そうですが景色は雄大で作家を引きつけるものがあるのだと思いました。

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南紀旅行

 2010年3月中旬、和歌山県の南部、南紀地方へバス旅行をしました。格安バスツアーという部類に入ります。1日目に道成寺、うめ振興館、天然記念物・橋杭岩を見学し、勝浦温泉のホテル浦島へ泊まりました。2日目には、那智の滝、那智大社、青岸渡寺や潮岬(しおのみさき)、串本海中公園を見学しました。
道成寺
 上の写真が道成寺の拝殿です。このお寺の鐘が有名でした。「道成寺」という歌舞伎の物語「安珍清姫物語」の発祥の地だからです。道成寺に修行に向かっていた美男子の坊さんが、宿の娘に懸想されて(今で言えばストーカーのような)追いかけられ、ついには道成寺の鐘の中に逃げ込んだ所、娘は蛇になって鐘をぐるぐる巻きにして火をはいて焼き殺したというお話です。娘は川に身を投げて死にました。坊さんが必ず帰りに寄るという約束をしていながら破ったことに怒ったようです。娘のあまりの迫力に恐くなって逃げ出してしまったのですね。
 鐘を再建しようと鐘楼を建てましたが、娘のたたりで実現できなかったそうです。鐘はできあがっていましたが、ここにはありません。このおどろおどろしい話とは別にかみなが姫のお話もあります。
 かみなが姫は、文武天皇の夫人である藤原宮子のことです。宮子は生まれてしばらくは、髪が全く生えてこなかったそうです。母親が海女で、海底で観音様を拾い毎日拝んでいたら、娘に髪が生えてきました。かみなが姫と呼ばれる美しい娘に成長し、美貌で才能のあった宮子姫は、藤原不比等の養女として奈良へ行き宮中に仕えました。そこで持統天皇に気に入られ文武天皇の夫人となりました。そして、この道成寺は宮子姫が両親や観音様を大事に思う心を推し量って、文武天皇の命により設立されたようです。  
橋杭岩
 天然記念物・橋杭岩は、岩が並んだ珍しい形をしています。まだ左側にもこんな石の列がありました。これは、約半分と思ってください。ここにもお話がありました。
 「昔、弘法大師が紀州に立ち寄られた時、向かいの大島へ渡るため天邪鬼(あまのじゃく)に手伝わせて橋をかけ始めていたら、天邪鬼が疲れて鶏の鳴き声をしたら弘法大師も夜が明けたと思って中止され、橋杭だけが残った」という伝説です。地理学的にみれば、固い部分だけが、浸食されずに残ったということでしょうね。
ホテル勝浦
 いよいよお宿へ行きます。ところが、船でホテルまで行くのです。ホテル浦島だけあって亀船がお迎えに来ていました。このホテルは別のホテルです。この写真はホテル浦島から亀船を撮っています。ホテル浦島では、「忘帰洞」という太平洋の荒波を見ながら、感じながら入れるお風呂が有名のようです。私は海の近くに住んでいないので、その感動はひとしおでした。漁船の灯、月明かり、波のうねり、岩のドームに反射して迫力を増す波音、少し熱めのお風呂に上半身は涼しくて絶妙なバランスでした。これでは、家に帰ることを忘れそうですね。もう一度ゆっくりと入りたいと思えるお風呂でした。
那智大社から見た、那智の滝
 那智の滝は、日本100滝の1つだそうで直瀑では日本一の長さです。落差133m、落ち口の幅は13m、滝壺の深さは10mもあります。昔はもっと滝壺が深かったそうですが、岩などが落下して浅くなったようです。
 自然崇拝の頃、那智の滝は神様として崇められ今も続いています。昔は社殿も滝の近くにあったそうですが、今は少し離れた所へ立派な社殿が建っています。那智の滝の辺りは、大きな木々に囲まれて空気さえも神聖に感じました。
 この写真は那智大社から、那智の滝、青岸渡寺の三重塔や右手には早くも桜が見られました。3月中旬でもさすがに和歌山県はあったかいから桜が咲くのも少し早いですね。
串本海中公園から見た海の魚たち
 串本海中公園には、水族館もありました。主にサンゴの仲間、ウニの仲間、光を食べる生き物、うつぼ、ウミヘビ、クエなどが展示されていました。 水族館から出て海中への橋を渡って行くと、海中の魚が見られる小さめの丸い建物がありました。その建物の円い窓から海を見ました。たくさんの魚が荒波に揺られて泳いでいました。
 魚はソラスズメダイ、メジナ、ブダイだそうで、時たまカラフルな熱帯魚も見えました。「タイやヒラメの舞い踊り♪」またまた、竜宮城を思い出していました。たくさんのタイに大喜びでした、魚好きの私にはおいしそうにも見えましたよ。

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